認知症を正しく理解する
現在、日本では4人に1人が発症するといわれるのが認知症です。将来、親や配偶者、もしくは自分自身が患うことになるかもしれないこの病への正しい向き合い方とは?ケアの現場に長年立ち会ってきた浴風会ケアスクール校長・服部安子先生にお話を伺います。
人としての尊厳を保てる認知症ケアを目指して
病気や障害を持った弱い立場の人も社会の中で当たり前に人間らしく生きられる社会を目指したい―認知症ケアに関わることになった20年前、私の原点となったのはそんな思いでした。当時、日本ではまだ認知症そのものへの理解が進んでおらず、暴れる患者をやむなく縛ったり、隔離したりという例が珍しくありませんでした。しかし同じ国の同じ法制度のもと、認知症患者がひとりの人間としての尊厳を保てるような介護をしている施設も少ないながら存在し、それらを目標に自分でもより良い認知症ケアを追求したいと思ったのです。
また、長くこの仕事に携わる中で、認知症では本人はもちろん、家族を含めたケアが欠かせないことを実感してきました。家族が自分を犠牲にして必死で介護に当たるケースがあまりに多く、それが時には虐待などの不幸にもつながっています。本人も家族も生活の質を高めてその人なりに幸せに暮らすためには、認知症という病への正しい向き合い方を学ぶことが欠かせません。
できるだけ早期の診断を受けることが重要
ひと口に認知症といっても実はさまざまなタイプがあります。中でも発症頻度が一番高い代表的疾患が「アルツハイマー型認知症」で、全体の約50~60%にあたります。次に多い脳の血管の異常に起因する「脳血管性認知症」の約30%が続きます。3番目に多いのは「レビー小体型認知症」の約10%で、幻視や幻聴、歩行が小刻みなどが主な症状として挙げられます。4番目は、抑制のきかない性格変化が起こり、自己中心的、失語等が見られる「前頭側頭型認知症」で約5%にあたります。優しかった人が突然、痴漢や万引きなどの反社会的な行動をしてしまうような性格変容は、前頭側頭型の典型的な症状です。これらが一般に4大認知症と呼ばれるものです。
上記のような認知症はある程度薬で進行を抑えることはできますが、完全に治す方法は残念ながら現在見つかっていません。しかし、中には「正常圧水頭症」「慢性硬膜下血腫」などが原因で、早期発見により治すことのできる認知症もあります。認知症で起こり得る症状を知っておき、「もしかして…」と思ったときはできるだけ早く専門医に相談することをおすすめします。
いざというときに備え家族間で話し合いを
もうひとつ大切なのは、いざ認知症と思われる症状が出たときにどうするか、健康なうちに家族間で話し合っておくことです。家族だけで認知症の人の面倒を見るのはあまりに負担が大きく、外部の手を上手に借りることが必要不可欠です。近隣にどのような病院・施設があるか、どんな公的サービスが利用できるか、介護に かかるお金はどうするかなどを家族の間で共有しておけば、いざというとき慌てずに済みます。
また、病院や医師によっても認知症への対応はかなり異なるため、診療を受ける際には注意が必要です。認知症という病気の本質を診る医師を探してください。専門外の医師のなかには、表面的な症状を薬で抑える対症療法ばかり行う人もいます。多剤処方によりいわゆる“薬漬け”となるのは望ましいことではありません。
「認知症は9割が介護、1割が医療」などといわれるように、認知症のケアは薬よりむしろコミュニケーションを大切にした本人が安心できる環境づくりが大切なのです。記憶や判断力を失っても、心は生きています。言動を頭ごなしに否定したり、理屈で説得したりしようとするのは、本人の気持ちを傷つけることにしかなりません。人としての尊厳を保てる環境に身を移しただけで、症状が大きく好転し、明るく意欲的になる方を私は多く見てきました。認知症は長く続く病気ではありますが、適切に対応すれば比較的落ち着いた良い状態で長生きすることも十分可能です。
今から始める認知症予防
認知症予防のためには、まず日頃の適度な運動が欠かせません。ノルマを決めてきつい運動をこなすのではなく、自分が楽しみながら体を動かせるものを見つけるようにします。社交ダンスなどは、複雑なステップを覚えて全身を動かすうえ、異性との交流で気持ちも若返ることができて効果的です。
同様に日々の食事も大切です。バランスよく食べることが基本ですが、特にトマトやブロッコリー、ウコン、イワシ、赤ワインなど抗酸化作用の高い食品摂取を勧める医師もいます。
頭を使うことも大切です。知的な刺激を得られる趣味をひとつでも持ち、長く続けて、認知症になりにくい生活に努めましょう。