人類の悲願であった長寿を、世界に先駆けてかなえた日本人の平均寿命は、今や100歳に近づいています。「長くなった老後」という未知の世界では、どのようなことが起きるのか、老いに伴うさまざまな事がらとどのようにつき合っていけばよいのか、一人ひとりが手探りでその答えを探していくことになるのでしょう。

国際長寿センター日本(ILC-Japan)は、Productive Agingを基本理念に、超高齢社会における新たな価値観の創造と、社会と個人の意識改革に向けた活動を、世界17カ国で行っています。高齢者が社会の半数近くをしめる時代に向けた広報啓発活動を行っている国際長寿センター日本の志藤 洋子事務局長に、私たちが生きるこの時代をデータで確認しながら、豊かな老いとのつきあい方について解説いただきました。

国際長寿センター日本(ILC-Japan)
事務局長
志藤 洋子 氏
志藤 洋子 氏

納得できる旅立ちのために

長い老いを生きることは、病とともに生きることでもあります。

平均寿命70歳台の1980年頃の死因1位は、脳血管疾患。脳卒中などを発症し短期間で命を落とすことが多い時代でした。

現在の1位は悪性新生物(がん)で、脳血管性疾患は死因としては4位です。しかし発症率に大きな変化はなく、医学の進歩で一命を取り留める確率が高くなり、麻痺や脳血管性認知症などの後遺症とともに生きることになったわけです。

老いや病と折り合いをつけながら寿命を全うし、自分らしい往生を遂げる、つまり納得できる旅立ちのためには、何をすべきかについて考えてみたいと思います。

疾病概念の変化と暮らしを支える医療

まず医療には限界がある、万能ではないことを理解しておかなくてはなりません。治せない病気もあれば、治療に伴う心身の負担が想像以上に厳しい場合もあります。特に高齢者は個人差が大きい上に、複数の疾病が互いに関連しあって重症化しやすい傾向があります。85歳のがん患者にとって、どの治療がベストなのか、標準的な答えは出せません。治療のための投薬で腎臓や肝臓機能が低下することなどもあります。疾病概念の変化から、高齢者にとっては治癒・救命を目指す「治す医療」から、機能改善や生活支援重視する「支える医療」が大切と言われるようになってきました。

多死時代-どこでどのように亡くなるのか

2010年以降は高齢者の死亡数が急激に増加してきます。

死亡数推移のグラフ

天寿を全うした高齢者が、多く亡くなる時代、一人一人の人生の集大成、ゴールを目指す多くのドラマがあります。できればその時を、悔いなく迎えたい、そのための身終いをしておきたい・・しかし、そのためにはどのような最期を迎えたいかについて、自分なりに考えを持っておくことが必要になります。

国際長寿センター日本では、2011年に「理想の看取り」についての国際比較調査を実施しました。

本人が自分の最期の方針を決める割合が一番低いのが日本

本人が方針の主導権を握る「理想」と「現実」(がんケース)

日本の特徴としては、以下の3点が挙げられました。

  • 理想と現実のギャップが大きい―看取りについての国民的なコンセンサスがない
  • 治療方針決定時に本人のQOL(Quality of life ;生活の質)や尊厳より、生存期間や家族の意向が優先されがち
  • 本人と家族などが「死」について話し合うことが避けられているため、本人の意向がわからないことが多い

そこで私たちは、専門家による編集委員会を組織し、ガイドブック「納得できる旅立ちのために」を2015年に刊行し、その後、一般書として「私らしく死にたい」(水曜社刊 2016)を出版しました。

これらの本では、がんや脳卒中など死亡や障害の原因になる疾患を挙げて、仮想のモデル78歳の方々の発症から旅立ちへの道のりについて、病気の進行や治療・介護などの変化に、家族の気持ちや本人の思いなども重ねて記してみました。

もちろん個人差が大きいことですから、あくまで一般的な例ですが、治療法の違いによるその後の症状、合併症の怖さ、家族間の意思のズレや暮らしの場所も含めた人生設計の書き直しなど、さまざまな事柄と情報を盛り込んでみました。

「私らしく死にたい」(水曜社刊2016)

情報を得て、考えて、決める

人生の最期について自分なりに考えるためには、まず病気になるとどのようなことが起きるのか、治療にはどのような選択肢があるのかを知ること、そして自分で考えて決めたら、それを周りとも共有しておくことの大切さを、ともに考えてみたいとの思いで、これらの本を作りました。

本人の考えがわからないと、その尊厳が守られず、命の質より長さが重視されることもあるのです。せっかく長生きできたのに、その最期が不本意なものにならないようにするためには、誰かに自分の人生を委ねたり任せたりするのではなく、自分で考えて決める努力も必要になってきます。

しかし、いざ死を前にしたら心は揺れます。いくら自分なりの覚悟をしていても、不安でたまらなくなるでしょう。でもありがたいことに、私たちには生物として安らかに死を迎えられる仕組み、プログラムが備わっているのだそうです。

人間の身体がもつ「死にゆく力」を邪魔しない

ヒトは、進化の過程で「死のプログラム」を獲得した

やすらかに「死」を迎えられる仕組みが備わっている

身体に備わっている「死にゆく最後の力」を最大限に引き出すことが、やすらかな最期につながる

あすか山訪問看護ステーション 総括所長 平原優美氏

自分の寿命を全うする時に、これだけ長生きして偉かったね、と自分を褒めながら静かに最期の時を迎える、そんな時代の旅立ちはまさに稔りの時と言えるのだと思います。

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