第5回 大賞作品

すりこ木 田中 愛 (神奈川県 70歳)

最高の嫁入り道具

選定委員:穂村 弘(歌人)

 すりこ木の贈り物には驚いた。持ち歩くものじゃないからなくすこともない、壊れたりもしない、そして、日々の暮らしに密着している。それを使うたびに作ってくれた人のことを思い出すだろう。実に素晴らしいアイデアだ。「お父さんは、どうしてすりこ木を思いつかれたんでしょう?」と作者の田中さんに伺ったところ、「大正生まれで普段は厨房に入るような人じゃなかったから、本当に不思議なんです」とのお答えだった。「私は長女でしたから、初めて嫁がせる娘のために、自分の手で何かしてやりたいと父なりに一生懸命考えたんでしょうね」。
 そんなすりこ木のエピソードを伝える田中さんの文章には弾むような楽しさがある。例えば「父の面影を重ねつつ、ゴリゴリ、シュリシュリと様々な音を発し、45年が経過した」という一節。これを読むと、「ゴリゴリ」は胡麻、「シュリシュリ」はとろろ芋いやお豆腐かな、と想像が広がってゆく。使い始めの日に、ちゃんと長さを計測したくだりも面白い。なんと48㎝。そして45年後の現在は35㎝。本来は目に見えないはずの時間が、すりこ木のおかげでくっきりと可視化されている。田中さんが生まれ育ったのは岩手県の一関と伺った。実家の裏山から取ってきた山椒で作ったすりこ木には、もしかすると「故郷を一緒に連れて行くように」というお父さんの思いも込められていたのかもしれない。