記録と記憶

私が赤ん坊の時の写真は白黒である。カラーになるのは小学校くらいから。だが、或る世代以下の人の場合は最初からカラーだろうし、もっと下の世代なら生まれた瞬間から動画が残っていたりする。でも、彼らのことが羨ましいか、と云われると、うーん、どうだろう、と考えてしまう。それほどでもないかなあ。
記録と記憶の間にはズレがある。写真や動画は記録だから、あればあった方がいいに違いない。でも、記録があることで逆に記憶が薄れるということはないだろうか。旅先などでカメラを出して構える時、目の前の「それ」を捉える肉眼の力が弱まってしまうような不安を覚えることがある。例えば、打ち上げ花火などは、自分の目で見るしかないんじゃないか。
「わたし遺産」では、カメラには映らないものが見たい。記録としては誰もが知っている出来事であっても、一人一人の目が見たもの、耳で聞いたこと、心に刻まれた思いを教えて欲しいなあ、と思うのだ。

穂村 弘