「ドル円相場の8月アノマリー」
2022年7月22日
「8月は円高ドル安になりやすい」――。
波乱の2022年ですが、早くも7月が終わり8月に入ろうとしています。その8月といえば、金融マーケットでは「円高アノマリー」がよく知られています。
アノマリーとは
「アノマリー(anomaly)」とは、英語で「変則」「異常」を意味しますが、金融マーケットでは「理屈では説明できないが、割とよく観測される経験則」を指します。
読者の皆様も干支にちなんだ株式市場の相場格言(例えば2022年では「寅、千里を走る」)を目にしたことがあると思いますが、合理的な説明はできないけれど経験的に起こりやすい現象、つまりアノマリーが相場格言として市場参加者に認識されています。
金融市場のアノマリーは理屈で説明できないため、胡散臭いものとして一切考慮しないという姿勢も否定はしませんが、現在は理屈がわからなくても将来は解明される可能性があります。アノマリーを全面的に信用して頼り切るのは問題ですが、自らの投資行動を判断する一材料として参考になるのではないでしょうか。
ドル円レートの月別変化率
さて、8月の金融市場のアノマリーとして有名なのが「8月の円高アノマリー」です。8月は為替市場で円高が進みやすいというものです。
実際の動きを確認してみましょう。図1は、各月のドル円レートの変化率について、1990~2021年の32年間の平均を示したものです。ちなみに、この間のドル円レートの変動レンジは75~160円でした。
(出所:Bloombergのデータより作成)
1990~2021年の単純平均でみると、8月が最も円高に動いたことがわかります。しかし、単純平均の取り扱いには注意が必要です。1回だけ突出して大幅円高に動いた年があると平均の値がその年に影響されてしまい、例年の傾向と言えなくなるためです。
そこで、図1には、各月について、円安/円高に動いた回数を表にしたものを付けています。8月の円高の動きは、32年間で21回見られました。ほぼ3回に2回は8月に円高になったわけです。他の月の円安/円高の回数と比較して、「8月円高」は経験的に出現しやすいと言えるでしょう。21回の円高のうち、1%未満は6回、1~2%は5回、2%以上は10回で、最も円高に動いたのは2001年の5.0%(ドル円レート変化率では-5.0%)でした。
また、8月のドル円レート変化率の過去32年間平均-0.6%には、1995年の+10.2%の円安が含まれており、これを除くと平均は-1.0%になります。なお、1995年はG7協調体制下で進行した円高ドル安が容認できない水準まできたとして、「秩序ある反転」のG7声明により円高修正局面入りした年でした。
8月に円高になりやすい理由として、米国債の利払いがよく指摘されます。日本の投資家が多くの米国債を保有しており、その利子が8月に支払われるため、利子として受け取ったドルを売って円を買うことで、円高になりやすいという理屈です。しかし、米国債の利払いは、2月・5月・8月・11月の年4回あるため、「8月円高」の理由としては弱いと思います。
とはいえ、金融市場の傾向として「8月の円高アノマリー」を頭の片隅に覚えておくと、役立つ時がくるかもしれません。
ちなみに日本株の月別騰落の特徴は
念のため、月別の変動の特徴を日本株について確認しておこうと思います。図2は、日経平均株価の月別変化率の1990~2021年平均です。日本株もドル円レート同様に8月の下落率が最大になっています。
(出所:Bloombergのデータより作成)
ただし、株高/株安の分布をみると、株安は32回中18回で、ドル円レートほど偏っていません。11月・12月の株高傾向の方が8月株安より明確と言えます。
株式市場には多くの相場格言があり、年間の相場変動の傾向についても「節分天井彼岸底」など、様々あります。アノマリー・相場格言に振り回されすぎないよう、投資する理由をしっかり考える方が重要と思います。
金融市場は、多くの複雑な要因が絡まって変動し、その要因も常に変化しています。「この資産に投資をしよう」と理論立てて決めていても、「いつ投資するか」を決断するのは難しいものです。アノマリーは理屈で説明できず、また、常にその傾向が現れるわけではありませんが、「いつ投資するか」の判断材料の一つにはなるのではないでしょうか。
(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)
《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》
執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ
三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト
1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。
執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」
※NHK出版のWEBページに移動します。