「米利上げは『最後のわら一本』になるか」

2022年12月22日

「FF金利のターミナルレート上振れか」――。

12月6日にウォール・ストリート・ジャーナル紙が「政策金利は投資家の予想を上回る水準まで切り上がる可能性がある」と報道したことで、米長期金利が上昇しただけでなく、為替相場が円安ドル高に振れ、米株価は下落しました。

ターミナルレートの議論が活発化

米政策金利のFF金利は、2022年3月の利上げ開始以降、急速に引き上げられてきましたが、ここにきて「ターミナルレート」、すなわち、FF金利の最終水準への注目度が上がっています。前述のウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道のほか、12月1日にパウエルFRB議長は、「(利上げの終着点について)FOMCメンバーの9月時点の予測中央値を若干上回る公算が大きい」と発言しています。ちなみに、9月時点の予測中央値は、2023年の4.6%でした(なお、本稿執筆後の12月14日に新しい予測が公表されるので、是非とも確認してください)。

ターミナルレート関連のニュースに対して金融市場が敏感に反応するようになった背景には、消費者物価上昇率がピークアウトの様相を示し始め、米利上げペース鈍化の観測が高まったことがあります。特に注目されるのは、11月2日のFOMC声明に、利上げ幅をこれまでよりも縮小する可能性を示唆するような文言が追加されたことです。具体的には、「将来の利上げペースの決定には、①これまでの利上げの累積効果、②金融政策が経済活動・インフレ率に及ぼす影響の遅効性、③経済・金融の情勢を考慮する」というものです。

今年11月までに異例の0.75%ポイントの利上げを連続するなかで、ターミナルレートの見通しは逃げ水のように引き上げられてきましたが、いよいよ水準が明確になりそうな状況になりました。そのため、長期金利だけでなく、為替レートや株価も神経質な動きとなっています。

利上げの最終局面の先には

今年、米国では異例の速いペースで利上げが行われてきましたが、借り入れコストの上昇は米国内の企業・家計だけでなく、米国外でドルを借り入れている主体にも及びます。特に、多額の対外債務を抱える新興国にとっては重い負担となります。

実際、過去の米利上げの最終局面では、新興国の経済危機がよく見られました。図1にあるように、発生タイミングは利下げに転じた局面もありましたが、いずれもFF金利が高い水準にありました。

(図1)米FF金利と新興国危機

(出所:Bloombergのデータより作成)

また、新興国だけでなく、2000年3月のITバブル崩壊や2007年8月のサブプライム・ショックのように、米国で深刻な景気後退につながるケースもありました。図1は1990年以降の出来事をまとめたものですが、2015年末~2018年の利上げ局面は例外として、米利上げは何らかの経済危機につながっています。2015年末~2018年の利上げ局面も、パンデミックがなければ、別の経済危機が発生していたかもしれません。

減少する外貨準備高はショックの前触れか

さて、図1を見ると、足もとの米利上げが異例のスピードだということがわかります。水準こそ、2006年のターミナルレートに到達していませんが、変化のスピードは2004~06年を凌駕しています。過去の経済危機を教訓に、各国ではセイフティーネットが準備されているというものの、十分かどうかはなかなか判断できません。

なかでも、先進国より比較的経済基盤の脆弱な新興国は、どこまでの米利上げに耐えられるのか、警戒心を持って注目していますが、その注目をサポートする材料として、筆者は外貨準備高を重視しています。

図2は、世界の外貨準備高の推移を示したものです。過去、外貨準備高が減少する場面では、リーマン・ショックやチャイナ・ショックが発生しています。外貨準備は対外支払いに備えて当局が保有する外貨です。これが減少するということは、当局が準備金を取り崩して海外への支払いを支援する必要があることを意味します。

外貨準備高の減少が経済危機に直結するわけではありませんが、減少傾向が継続している限りは「黄色信号」が灯っていると見ておく方が良いと考えます。

(図2)世界の外貨準備高

(出所:Bloombergのデータより作成)

足もとでは、2022年に入り、外貨準備高の世界合計が急減しており、「黄色信号」が点灯中です。米利上げの最終局面が視野に入りつつありますが、ターミナルレートが思いのほか高くなる可能性があります。「最後のわら一本がラクダの背を折る」という諺があるように、「黄色信号」点灯中は小幅な利上げでもショックの起点となりかねないため、外貨準備高の減少が止まるまで、金融市場の神経質な動きは続くと思われます。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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