「日本のデフレ脱却宣言はいつか」

2024年3月28日

「デフレではなくインフレの状態にある」――。

2月22日、植田日銀総裁は衆議院の予算委員会でこのように発言しました。なお、この発言には、「(先行きの消費者物価が)去年までと同じような右上がりの動きが続くと一応、予想している。そういう意味では」という前置きがあるので、「インフレ」という言葉の解釈には注意が必要でしょう。

物価上昇の「第一の力」と「第二の力」

日常生活において、モノ・サービスの値段が上がったという感覚は、ほとんどの人の共通認識だと思います。図1に示したように、日本の消費者物価指数(CPI)(除く生鮮食品)の前年同月比は2024年1月時点で+2.0%で、22ヵ月連続で2%以上を記録しています。

一方で、この間も日銀は「長短金利操作(YCC)付き量的・質的金融緩和」を維持し続けてきました。本稿執筆の3月13日時点では、まだ日銀は金融政策を変更していませんが、マイナス金利を解除するのではないかとの観測は盛り上がっているものの、物価高を体感する我々国民から見ると、日銀が静観を続けていることにもどかしさを感じてきたのではないでしょうか(なお、3月19日についにYCC付き量的・質的金融緩和は「普通の金融政策」へと変更されました)。

(図1)全国 消費者物価上昇率(前年同月比)

(出所:Bloombergのデータより作成)

2022年以降の物価上昇を日銀は「第一の力」と「第二の力」という2つの作用に分けて説明しています。「第一の力」とは、2021年以降の大幅な輸入物価上昇の価格転嫁による食品価格の上昇が顕著な例です。国際商品市況の需給ひっ迫や円安によるモノを中心とした物価上昇で、日本経済の自力の強さによる価格上昇ではないわけです。一方で、「第二の力」とは、景気改善のもとで賃金が上昇し、それが物価の緩やかな上昇につながるというメカニズムが強まっていくものとされています。

図1にあるようにCPI(除く生鮮食品)の上昇率は、2022年に急加速しましたが、これは「第一の力」によるので、いずれこの力は低下していくため、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現に近づいているとは判断できないというのが、日銀のスタンスです。日銀が金融緩和縮小を判断するためには「第二の力」が重要で、これに関して植田総裁は2023年12月に「サービス価格が緩やかに上昇しているということ等から判断し、少しずつ上昇が継続している」と発言しています。

図1に示しているCPIのサービス指数の上昇率は、今年1月時点が+2.2%で、除く生鮮食品のCPIと異なり、2%よりやや高い伸び率で緩やかに推移しています。サービスを提供する主な源泉は労働力であり、その価格は賃金動向に強く影響されるので、今年3月の春闘に注目が集まっているのは、皆さまご承知の通りです。

デフレ脱却宣言はまだ先か

ところで、日銀が「異次元緩和」と呼ばれる極度に緩和的な金融政策を導入した背景には、2013年1月の「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」がありました。いわゆる政府・日銀の「共同声明」です。この「共同声明」は依然継続していますが、いつかは「デフレ脱却宣言」が出されることが想定されます。

しかし、鈴木財務相は3月12日に「デフレ脱却に向けて千載一遇のチャンスを迎えている」と言いつつも、「デフレから脱却したとまでは認識していない」と発言し、「デフレ脱却宣言」にはまだ距離があることが示されました。

政府はデフレ脱却の判断材料として、①CPIのほかに、②国内総生産(GDP)デフレーター、③ユニットレーバーコスト、④需給ギャップの3つを重要視しています。

②GDPデフレーターはCPIよりもより広範な日本経済全体のインフレ率を捉える指標です。また、③ユニットレーバーコストとは1単位の生産に対する人件費の比率で、賃金の動向を反映した指標です。④需給ギャップはGDPギャップとも言われ、国全体の総需要と供給力との差のことです。需給ギャップがプラスだと、需要が供給力を上回り物価に上昇圧力がかかります。反対にマイナスだと、需要が供給力を下回るため、物価に下落圧力がかかります。

さて、この政府が重視する4指標ですが、①CPI以外の動向を示したのが図2です。③ユニットレーバーコストは国民経済計算(SNA)ベースの実質GDPに対する名目雇用者報酬の比率で計算しています。また、④需給ギャップは内閣府が算出したGDPギャップを表示しています。

(図2)GDPギャップ、GDPデフレーターと
ユニットレーバーコスト

(出所:Bloombergのデータより作成)

②GDPデフレーターは、①CPI同様に高い上昇率となっており、2023年7-9月期の前年同期比+5.2%は1981年以降の最高値となりました。直近の2023年10-12月期は+3.9%ですが、高い伸び率が維持されています。

問題は、③ユニットレーバーコストと④GDPギャップで、双方ともにゼロをやや下回っています。①CPIと②GDPデフレーターが2%上昇を維持するもとで、これらのデータが揃ってプラス圏に入ってくると、政府の「デフレ脱却宣言」が現実のものとなるのでしょうが、データ自体が遅れて確認されるため、宣言もまだ先になりそうです。

しかし日銀は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を維持するのは「物価安定の目標」の実現を安定的に持続するために必要な時点までとしており、「デフレ脱却宣言」と必ずしも同時である必要は無さそうです。日銀がマイナス金利を解除し、利上げに踏み切ったとしても、「デフレ脱却宣言」が無い以上、金利の大幅上昇は期待しにくい状況が続くと思われます。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

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