「日銀の『普通の金融政策』とは」

2024年4月25日

「『普通の金融政策』を行っていく」――。

3月19日、植田日銀総裁はこのように発言し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を終了しました。ついに日銀は賃金と物価の好循環を確認し、2%の物価安定の目標が安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断したのです。「量的・質的金融緩和」が導入された2013年4月以来、実に11年弱の期間が経過してのことでした。

「普通の金融政策」

日銀は通常、金融政策決定会合後に「金融市場調節方針に関する公表文」を発表します。正式名称が長いので、短く「声明」とも呼ばれます。金融政策に変更が無ければ、声明には「当面の金融政策運営について」とのタイトルが付けられますが、3月19日の声明のタイトルは「金融政策の枠組みの見直しについて」でした。単純にマイナス金利が解除されたとか、利上げされたといった、金融緩和度合いの変更ではなく、政策の枠組み自体が変更されたことが強く知らしめられたのです。

声明では政策の枠組み変更について、「『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』の枠組みおよびマイナス金利政策は、その役割を果たした」と説明され、また、「マネタリーベースの残高に関するオーバーシュート型コミットメントについては、その要件を充足した」と注記されています。なお、マネタリーベースとは日銀が世の中に供給するお金で、オーバーシュート型コミットメントとは、CPI(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベース拡大方針を継続するというものです。

今回の政策の枠組み変更を象徴するのが「普通の金融政策」という言葉でしょう。決定会合後の会見で、「新たな金融政策の枠組みに名称をつけるとしたらどのようにお考えか」との記者からの質問に対し、植田総裁は「特に名前は考えていない」、「短期金利を主たる政策手段とする普通の金融調節になる」と回答しています。

2013年4月以降のいわゆる「異次元緩和」では、政策手段が追加されて複雑化し、一般の人々からはどのような金融政策が実施されているのかわかりにくくなっていましたが、3月19日の枠組み変更で政策手段がかなり単純化されたと思います。実際、4月8日に植田総裁は「(昨年の就任当初に)経済状況が許せばできる限り簡素でわかりやすいものにしていきたいとの心構えがあった」と発言しています。

3月会合で金融政策はどう変化したのか

では、金融政策は具体的にどのように変更されたのでしょうか。そのポイントを下図にまとめました。

(表)3月19日の日銀金融市場調節方針等の変更内容

短期金利 変更前:日銀当座預金付利金利▲0.1% 変更後:無担保コールレート(オーバーナイト物)0~0.1%程度 長期金利 変更前:10 年物国債金利0%程度(上限1.0%を目途)変更後:- 長期国債 変更前:上記となるよう必要な金額の長期国債を買入れ 変更後:これまでと概ね同程度の金額の買入れを継続 ETF
変更前:年12兆円を上限に買入れ 変更後:- J-REIT 変更前:年1800億円を上限に買入れ 変更後:- CR等 変更前:残高2兆円を維持 変更後:買入れを段階的に減額し、1年後に終了 社債等 変更前:約3兆円へと徐々に戻す 変更後:買入れを段階的に減額し、1年後に終了

(出所:日銀声明文より作成)

長期金利目標を撤廃、ETF・J-REITの新規の買入れを終了、CP・社債等は買入れを段階的に減額し1年後に終了、と政策手段を絞り込みました。

短期金利目標は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を0~0.1%程度で推移するよう促す」として、2013年4月の異次元緩和導入前と同様のものが設定されました。今後はこの短期金利が政策手段となるので、政策変更ではこれが何%に設定されるかに注目していくことになります。

ただし、長期国債の買入れについてはこれまでとおおむね同程度の金額を継続するとして、急激な長期金利の上昇を抑制する方針を継続しました。そのため、短期金利目標だけでなく、長期国債買入れ額にも目配りしておく必要があります。

これを受けて金融市場は「株高・円安・長期金利低下」で反応しました。その背景には、「日銀の緩和縮小はやっぱり小幅で大したものではなかった」との見方や、「金融緩和縮小の対応としてはかなりのものを実施したため、追加の動きはかなり将来になりそう」といった見方があったと考えられます。

日銀は長期国債購入を継続するが、、、

これまでと同程度の金額の長期国債買入れを継続するというのは、「普通の金融政策」からは外れるように思えます。ちなみに、これまでと同程度の金額については、声明の注記に「足もとの長期国債の月間買入れ額は6兆円程度となっている。実際の買入れは、従来同様、ある程度の幅をもって予定額を示すこととし、市場の動向や国債需給などを踏まえて実施していく」と示されています。

ここで注意しておきたいのは、国債の月間買入れ額6兆円というのはオペで購入する金額で、償還によって保有残高が減少する分は含まれていない点です。下図は、日銀の国債買入れの月間予定額(上下限)、オペの買入れ実績額、保有残高の月間増減額の推移を示したものです。棒グラフで示した月間増減額が3ヵ月毎に下振れていることが見て取れます。これは3・6・9・12月に国債償還が集中しているためです。2024年1~3月の月間平均で買入れ額は約5.9兆円ですが、残高増減額は約0.9兆円のマイナスとなっており、ある意味「テーパリング(資産買入れ縮小)」が完了している状況とも見えます。

(図)日銀の国債買入れオペの状況(単位:兆円)

日銀の国債買入れオペの状況(単位:兆円)のグラフ

(出所:日銀・INDB-Accelのデータより作成)

4月以降、国債購入予定額の上限が大幅に押し下げられましたが、月間6兆円は予定額のレンジ内にあります。このまま6兆円の買入れが続くと、今年度72兆円を購入することになりますが、日銀保有国債の償還予定額(額面ベース)は約68兆円で、差し引き約4兆円の増加にとどまる計算になります。

さらに、植田総裁が「長期金利は市場が決めるものと考えている」と発言しているように、今後、長期金利上昇が緩やかにとどまれば、国債購入を減額していくことが見込まれます。そうなると、「量的引き締め」も視野に入ってきます。現状では政策の枠組みを大きく変更したばかりであるため、当面は国債買入れ額を大幅減額する可能性は低いですが、長期金利の決定権はいずれ日銀から市場へ返還されていくと思われます。

日銀は3月19日の声明文で「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続する」と述べており、多少の金利上昇では「緩和的ではない金融環境」には到達しない可能性が高いのではないでしょうか。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
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