「日米金利差とドル円レート」
2024年5月30日
「日銀が国債買入れオペを減額」――。
5月13日の午前にこのようなニュースのヘッドラインが、金融専門ニュースを表示するパソコン画面に流れました。その瞬間にドル円レートが40銭ほど円高に振れたものの、すぐに元の水準に戻りました。
円安ドル高の主因は日米金利差
為替レートが金利差の影響を受けて動くのはよく知られています。特に、2022年初めから続いている円安ドル高局面ではその傾向が顕著となっています。図1は2004年以降のドル円レートと日米金利差の推移を示したものです。日米金利差は、2年物と10年物の国債利回りより算出しています。米国の金利から日本の金利を差し引いているので、相対的に米国金利が高まれば、ドル円レートもドル高に動いていることが見てとれます。なお、2003年以前は、両者はさほど連動してはいませんでした。
(図1)日米金利差とドル円レートの推移
(出所:Bloombergのデータより作成)
もちろん2004年以降も、ドル円レートが日米金利差から離れて動く局面はありました。そのため、最近の「34年ぶりの円安」などと言われる大幅円安には、金利差以外の要因も影響していると思われますが、図1に示した矢印のように、日米金利差とドル円レートの動きはかなり類似しています。日本円のような超低金利の通貨で運用しても利子はほとんど得られませんが、米国ドルのような比較的高い金利の通貨で運用する方が多くの利子を得られるので、通貨の魅力度では「ドル>円」となるのはよく知られています。
このような日米金利差拡大による円安ドル高の背景には、「低金利通貨を売って高金利を買う」という、いわゆる「キャリートレード」が積極的に行われていると考えられます。加えて、投機筋が「この先も金利差がなかなか縮小しないので『キャリートレード』による円売りがまだまだ続くだろう」と見込んで、先取りで円売りを仕掛けている可能性も高いと思われます。
日銀に変化で金利差に影響も
このような円安ドル高の主因となっている日米金利差ですが、この拡大した金利差が長期間継続するとの見方の背景には、「緩和的な金融環境を当面継続する」という日銀に対し、FRBは「インフレ率が持続的に2%へ向かっているとの確信がさらに強まるまで利下げをしない」との方針を示していることがあります。このように、日銀は緩和継続で、FRBは高金利維持の方針を示す以上、近い将来に金利差が急速に縮小する可能性は低いため、投資の取引も投機の動きも円売りに傾きやすい環境となっています。
しかし、ドル円レートが急変動したゴールデンウイーク期間後に、植田日銀総裁の発言に変化が出てきました。5月8日に植田総裁は「過去と比べると為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面があることは意識しておく必要がある」と発言し、円安で物価が上振れれば金融緩和縮小の可能性を示唆しました。その後、5月13日には冒頭に記載したように、日銀は国債買入れオペを減額しました。
今年3月に日銀はマイナス金利を解除し、量的・質的金融緩和政策を終了しましたが、金融市場に過度の影響を与えないよう、国債買入れオペはそれまでと同様の規模で継続する方針を決定していました。しかし、その買入れ方針にはやや幅が設けられていたため、その範囲内で国債購入額を減らしたのです。これを受けて5月13日に、10年国債利回りは4月末よりも0.07%高い0.94%へ、2年国債利回りも同じく0.04%高い0.33%へ上昇しました。
日銀の姿勢が変化してきたことで、日本の金利が上昇し、日米金利差がやや縮小しましたが、図1にあるように、そもそも5月13日時点の日米金利差は10年国債利回りで3.5%程度、2年国債利回りで4.5%程度と、大幅に開いているため、日本の金利の小幅な動きではこの金利差に与える影響は軽微です。実際、ドル円レートも一瞬は円高に振れたものの、すぐに円安傾向へ戻ってしまいました。
日銀は国債買入れオペを減額しましたが、5~10年国債という一部のオペを前回より1割程度減額したにとどまり、国債買入れを継続する方針が大きく転換されたわけではないことが、円安傾向が継続する背景にあると考えられます。
日米のインフレ動向に注目
日米金利差を背景とした円安ドル高の流れが変化するとしたら、日米中銀の金融政策スタンスにかかっているでしょう。日銀もFRBも「2%の物価目標を持続的に達成できるかどうか自信がない」と示しているのですが、日銀は物価下振れを、FRBは物価上振れを警戒しており、政策方針が真逆です。それがこの金利差に繋がっているのですが、日米の物価動向次第では、金融政策姿勢が変化し金利差が縮小する可能性があります。
図2は日米のインフレ率の推移を示したものです。それぞれ中銀が物価目標を計測するための指標で表示しています。日米ともに、インフレ率は中銀目標の2%を上回っていますが、日銀は持続的に2%から下振れないことへの確信がないために、「緩和的な金融環境を維持する」方針を示しています。足もとのインフレ率は米国とほぼ同程度にもかかわらず、日銀は将来の物価下振れを警戒している点が、円を売りやすい環境を作っているのかもしれません。
(図2)日米インフレ率の推移(前年同月比)
(出所:Bloombergのデータより作成)
しかし、ドル円レートは2023年の年平均がほぼ140円、2024年は5月13日までの平均がほぼ150円と、円安による輸入物価の上昇圧力は高まっています。5月8日に植田総裁は「急速かつ一方的な円安、日本経済にマイナスであり望ましくない」と発言し、それまで為替レートへの直接的な評価を避けていた姿勢を変化させました。
もちろん、金融政策運営は経済・物価・金融環境など全般を見て判断するため、円安だけで日銀が追加利上げや国債買入れ縮小を決定するわけではありません。また、日銀の行動だけでは日米金利差が大幅に縮小する可能性は低く、FRBの利下げ観測が高まるかどうかが重要です。
金利差に影響を与える日銀・FRBの行動の起点は、日米のインフレ動向にあり、ドル円レートはインフレ・データの公表時に大きく動く状況がしばらく続くのではないでしょうか。
(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)
《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》
執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ
三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト
1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。
執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」
※NHK出版のWEBページに移動します。