「トランプ再選で2匹目のドジョウを得られるか」
2024年7月25日
「台湾総統選挙、インド総選挙、欧州議会選挙、フランス・英国の総選挙、イラン大統領選挙、東京都知事選挙」――。
2024年は世界各国で重要な選挙が実施されていますが、とりわけ注目が高いのが11月5日の米大統領選挙です。
「トランプ・トレード」への注目高まる
11月の大統領選挙へ向けて、初のテレビ討論会が6月27日に開催されましたが、バイデン氏が苦戦したことでトランプ氏の再選の可能が高まっています。これを受けて、金融市場では「トランプ・トレード」が強く意識されるようになりました。つまり、トランプ氏が再選された場合に、どのマーケットが大きく動くのか、です。
2016年の大統領選挙でトランプ氏が当選した際は、金融市場は米国株高・米長期金利上昇・米ドル高に大きく動きました。選挙前は、トランプ氏の経済政策に疑心暗鬼だったために、株価は軟調、長期金利は低めで推移、ドル安傾向で推移していましたが、選挙後にトランプ氏の大型減税の公約が意識され、マーケットは大きく動きました。
今年の大統領選挙に向けて、トランプ氏は自身が成立させた2018年の所得税減税が2025年末に失効するため、減税を恒久化することを公約に掲げています。また法人税をさらに引き下げることも主張しています。これは、2016年の「トランプ・トレード」を想起させます。実際、6月27日のテレビ討論会の翌日、米国の長期金利は0.1%ポイント以上の大幅上昇となりました。
2016年と2024年の経済環境の違い
減税は景気を刺激する方向に働きかけますので、米株高・ドル高・金利上昇で金融市場が反応するのは順当です。しかし、問題なのは、現在FRBは物価上昇率を押し下げる方向で金融政策を運営している点と真っ向からぶつかることです。
図1は、ここ20年間の米国のインフレ率・失業率・政策金利の推移を示したものです。グラフ中に点線で囲んだ部分が前トランプ政権の局面ですが、物価上昇率は2%をやや下回る程度で、かなりの低インフレだったことが分かります。当時は、「ジャパニフィケーション(日本化)」などという言葉で、デフレへの警戒が米国でも取り沙汰されていました。したがって、減税という景気刺激的な政策は、経済状況とかなり相性の良い組み合わせだったと言えるでしょう。
(図1)米国のインフレ率・失業率・政策金利の推移
(出所:Bloombergのデータより作成)
しかし、パンデミック後にインフレ率はFRBの物価目標の2%を大幅に上回って加速しました。図1のインフレ率は、個人消費支出(PCE)デフレーターの食品・エネルギーを除いたコア部分の上昇を示していますが、一時6%近くまで押し上がりました。足もとでは+2.6%まで減速していますが、FRBは「2%の物価目標の達成にはまだ確信が持てない」として、利下げに踏み切っていません。
また、トランプ氏はすべての輸入品に10%の関税を課す(中国には60%)との考えを示しており、これもインフレ圧力を高める方向に働きます。現在のように、インフレへの警戒感が残るような状況では、金融政策との組み合わせで経済へ与える影響が非常に読みにくくなると思われます。
株高・ドル高・金利上昇の「トランプ・トレード」という「2匹目のドジョウ」を市場参加者は虎視眈々と狙っているようですが、経済・物価上昇が2016年とは異なるため、まったく同じ組み合わせでマーケットが動くとは限らないのではないでしょうか。
もう一つの経済環境の変化
さらに頭に入れておきたいのが、米国政府の財政状況です。米国の政府債務残高の対名目GDP比は、2008年のリーマン・ショック、2020年のパンデミックを経て、大幅に上昇しています。図2に示したように、この2つの経済の落ち込みへの対処の結果、第2次世界大戦直後の1946年にかなり近づいています。
(図2)米連邦政府債務残高と財政収支(名目GDP比)
(出所:米議会予算局のデータより作成)
図2には、6月18日に米国の議会予算局(CBO)が公表した2034年までの見通しを示しています。パンデミック時に財政赤字が急拡大しましたが、2022~23年も財政赤字の名目GDP比はパンデミック前よりも大きい状況です。
この議会予算局の見通しは、トランプ氏が提案している所得税減税の恒久化を反映していませんので、財政状況はこれよりもさらに悪化する可能性があります。その場合、米国債の下落、すなわち、長期金利上昇の可能性が高いですが、米株高・ドル高を伴うかどうかは何とも判断が難しいところです。
いずれにせよ、大統領の提案する政策が成立するかどうかは議会の構成にかかっています。2016年の選挙では、大統領と上下院の多数派が共和党で占められたことで、先の「トランプ・トレード」につながりました。今年の選挙も、「トランプ・トレード」の再現なるかどうか、議会、特に下院の情勢が注目されます。
(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)
《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》
執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ
三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト
1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。
執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」
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