「米国に景気後退サイン?」

2024年8月29日

「米国に景気後退が迫っているのではないか」――。

8月2日に米労働省が公表した7月の雇用統計が予想外に弱い内容だったことで、米景気後退懸念が高まり、一時、株安・円高・金利低下が大幅に進行しました。

米景気後退懸念でマーケット急変

8月1日のISM製造業景況感指数、2日の雇用統計が弱い内容だったことで、米景気後退懸念が一気に高まり、翌営業日の5日に、S&P総合500種株価指数は一時7月末比7.3%下落、7月末に4.0%台だった米10年国債利回りも一時3.6%台へ低下しました。ドル円相場は7月末の150円水準から8月5日に一時141.70円まで円高・ドル安に振れました。日経平均株価は円高急伸の影響が加算される形で、一時7月末比20.3%まで下落しました。

これまでは、米国経済はインフレが落ち着くなかで緩やかな減速にとどまりソフトランディング(軟着陸)するとの見方から、株価堅調・ドル高傾向が続いていましたので、8月上旬のマーケット急変は、新NISAなどをきっかけに投資を始めたばかりの人々にかなりの狼狽を与えたのではないでしょうか。

しかし、単に1ヵ月だけの数字ではなく、複数の種類の経済指標が連続的に悪化していないかどうか、時間をかけて米国景気の動向を見極める必要があるでしょう。

景気後退の判断には時間がかかる

ちなみに、米国景気が拡大しているのか、それとも後退しているのか、景気の局面を判断する「景気循環日付」というものが全米経済研究所(NBER)という民間機関から発表されています。ただし、この発表は速報性が低く、景気後退期に入ったとしても、かなり時間が経過しないと発表されません。景気局面の判断にはそれだけ慎重な分析・検討がなされるわけです。

なお、一般的には実質GDP成長率が2四半期連続でマイナスとなった際に景気後退期に入ったとされますが、これは「テクニカル・リセッション」と呼ばれ、正式なものはNBERの景気循環日付となります。

金融マーケットの予測をする上では、できるだけ早く景気局面の転換を捉えたいところですが、データが出そろうまでに時間がかかるのは前述の通りです。そこで、景気後退の前兆を早めに察知できないか、様々な研究が行われてきています。その中でも、これまで最も注目を集めてきたのが「長短金利差」です。

2006年にニューヨーク連銀の研究者が経済分析レポート(※外部サイトへ遷移します。)にまとめており、10年国債利回りと3ヵ月国債利回りの差の予測能力が高いと結論づけています。

図1は米10年国債利回りから3ヵ月国債利回りを差し引いた長短金利差の推移を示したものです。シャドーで示した景気後退期の少し前に金利差がマイナスに落ち込んでいます。過去の動きでは、長期金利が短期金利より低くなる、いわゆる「長短金利の逆転」が発生して5~16ヵ月後に景気後退入りしています。

(図1)米国の長短金利差と景気後退期

米国の長短金利差と景気後退期のグラフ

(出所:Bloombergのデータより作成)

長短金利差以外にも、コンファレンスボードが公表している「景気先行指数」も注目されています。図2は景気先行指数の前年同月比の推移を示したものです。長短金利差と同様に、景気先行指数が前年割れして0~16ヵ月後に景気後退入りする傾向が見られます。

(図2)米国の景気先行指数と景気後退期

米国の景気先行指数と景気後退期のグラフ

(出所:Bloombergのデータより作成)

では、この2つがすべての景気後退入りを予測していたかというと、1966年の長短金利逆転は景気後退入りを外しましたし、景気先行指数も若干のマイナスにとどまる場合に何度か外しています。

ちなみに、足もとの局面については、長短金利差は2022年11月に、景気先行指数・前年同月比は2022年7月に、それぞれマイナス圏に入っていますが、2年近く経過しても景気後退期には入っていませんでした。

失業率の上昇ペースに注目が集まる

そんな中、2023年末頃に「サーム・ルール」が注目されるようになりました。「サーム・ルール」とは、元FRBのエコノミストのサーム氏が考案したもので、米国の失業率の3ヵ月移動平均が過去12ヵ月の最低値より0.5%ポイント以上上昇すると景気後退の始まりを示すとされています。図3はサーム・ルールの失業率の変化幅の推移を示したものです。

(図3)サーム・ルールと景気後退期

サーム・ルールと景気後退期のグラフ

(出所:Bloombergのデータより作成)

2023年の終盤にこの数字がやや上昇し始めたことで、注目されるようになりました。その後、8月2日に公表された7月の雇用統計でサーム・ルールの失業率変化幅が0.5%ポイントを上回ったことで、景気後退懸念が一気に高まりました。

しかし、景気後退入りかどうかは慎重に考えるべきでしょう。サーム・ルールが景気後退入りを確実に示しているかどうかは、相応の時間が経過しないと判断できません。失業率の上昇ペースがやや加速していることは示されていますので、これが連続的なものか、雇用以外のデータも悪化しているのか、適度な警戒感を持ちながら、冷静に経済指標を確認していくことが肝要だと思います。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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