第4回 大賞作品
父ちゃんも母ちゃんもいるのにたんち(たぬき)が来るよう! 道井 訓子(大阪府 65歳)

魔法の言葉
選定委員:穂村 弘(歌人)
「父ちゃんも母ちゃんもいるのにたんち(たぬき)が来るよう!」という言葉に驚いた。どうして狸が?
そんなに怖いかなあ。まだ小さかったからだろうか。でも、最後まで読んだら意味がわかった。これは本気で怖がっているんじゃない。「ごっこ」なのだ。幼い道井さんがわざと狸を怖がってみせる。すると、お父さんとお母さんが「たんち!つかまえてたんち鍋にして食べてしまうぞ!」と云うのがルールである。それによって、自分は両親に守られているんだ、という安心感を深く味わうことができたのだろう。
「私は長女で下に弟が二人いましたから、ときどきは両親の愛情を独り占めしてみたくなったのかもしれません」と道井さんはおっしゃっていた。家族や恋人同士のような親しい関係性の中では、「ごっこ」はどんどん練り上げられてゆくものだ。それにしても、「たんち」とは面白い。
「当時、家族で住んでいたのが徳島でしたから、阿波狸合戦という有名な民話やそこから生まれた狸のお饅頭なんかもあって身近な存在だったんです」。なるほどなあ。幼い日の道井さんは、御両親の愛情とそれから地元の風土にも包まれていたんだ。だからこそ、「父ちゃんも母ちゃんもいるのにたんち(たぬき)が来るよう!」という不思議な言葉が大人になってもずっと心に残る「わたし遺産」になったのだろう。最後に「あの、本当に晩ごはんが『たんち鍋』なんてこともあったんですか?」とお尋ねしたところ、「いえ、それはありませんでした」と可笑しそうに教えてくれた。
そんなに怖いかなあ。まだ小さかったからだろうか。でも、最後まで読んだら意味がわかった。これは本気で怖がっているんじゃない。「ごっこ」なのだ。幼い道井さんがわざと狸を怖がってみせる。すると、お父さんとお母さんが「たんち!つかまえてたんち鍋にして食べてしまうぞ!」と云うのがルールである。それによって、自分は両親に守られているんだ、という安心感を深く味わうことができたのだろう。
「私は長女で下に弟が二人いましたから、ときどきは両親の愛情を独り占めしてみたくなったのかもしれません」と道井さんはおっしゃっていた。家族や恋人同士のような親しい関係性の中では、「ごっこ」はどんどん練り上げられてゆくものだ。それにしても、「たんち」とは面白い。
「当時、家族で住んでいたのが徳島でしたから、阿波狸合戦という有名な民話やそこから生まれた狸のお饅頭なんかもあって身近な存在だったんです」。なるほどなあ。幼い日の道井さんは、御両親の愛情とそれから地元の風土にも包まれていたんだ。だからこそ、「父ちゃんも母ちゃんもいるのにたんち(たぬき)が来るよう!」という不思議な言葉が大人になってもずっと心に残る「わたし遺産」になったのだろう。最後に「あの、本当に晩ごはんが『たんち鍋』なんてこともあったんですか?」とお尋ねしたところ、「いえ、それはありませんでした」と可笑しそうに教えてくれた。