第4回 大賞作品

「卒業」証書 高橋 彩(神奈川県 27歳)

教え子と「時をともに過ごす」

選定委員:栗田 亘(コラムニスト)

 卒業証書は、貴重です。でも、のちのち繰り返し読むものではない。文面は卒業生全員、同一ですし。しかし、高橋さんの「卒業」証書は違います。実物を読ませていただいて、ボクは、不覚にもウルウルッとなりました。
《……最善の努力をし続けた
よって卒業生と等しいものとここに証する
   第五十期生正担任団教諭 平高 淳》
 世界にひとつだけの「卒業」証書です。
 受け持ちだった平高先生によれば「本物の卒業証書と同じ紙質の紙を選んで、書体も本物に似せて書き、学校印のところには、むかし私が彫った(篆刻の)作品を押した」そうです。その学校印(!)は、古代中国の老子の言葉を引いて《孔徳之容》と刻まれています。「すべてを受け容れる器」といった意味のようです。ひょっとすると本物の学校印より上等じゃないかしら。
 誠意に満ちたパロディー、ともいえますが、「先生」という立場でこれを制作するには、ちょっとした覚悟がいるはずです。平高先生はそれを軽々とやってのけた。そして同学年のほかの担任の先生たちも「異議なしっ」だったそうです。
 高3になった春、高橋さんは挫折し、登校できなくなった。けれど先生は高橋さんを信頼し、高橋さんも先生を信頼した。国語科の準備室で師弟はどんな話をしたのでしょう?
 「たいした話はしてません。ただ、教室に来られなくなった彼女と〈時をともに過ごす〉のを大切にしようと心がけていました」と平高先生はおっしゃいました。