第5回 大賞作品

じいちゃんの一万円札 山本 望 (秋田県 33歳)

祖父の意地と愛

選定委員:大平おおだいら 一枝(ライター)

 正職員ではないので少額だったが、望さんは初めてもらったボーナスで、実家の祖父にお年玉をあげようとした。
 「建設会社を勤めあげた祖父は頑固で、怒ると茶碗を投げることもある気難しい人でした。でも久々に見ると、こたつにあたる背中が、しょぼんと小さくて。あれ?じっちゃんらしくないな、お年玉をあげたら元気になるかなと思ったんです」。
 五千円をポチ袋に入れ、差し出す。
 「けっかー(あげよっか)」。「いらねー」。
 祖父は、中身を見ないどころか財布からしわしわの一万円札を出して四つ折りにして言う。「おれが、ける(あげる)」。「いらないよ。じっちゃん、私、東京で働いてるんだよ?」。「俺はなんもいらねー。のぉがもらえ」
 押し問答の末、結局、倍になって戻ってきた。そのときは頑固だなと思っただけだが、今ならわかると彼女は言う。「家の中の役割が減り、できないことが増えた。薪割りも運転も危ないから“やめれ”と家族にいわれる。でもまだ俺は弱っていないと、示したかったんでしょう」
 妹、彼女の結婚を介して、7年間姉妹の間を往復した一万円札は、長男の出産用品に消えた。「いい使い方をしたね」と妹に言われた。
 だが、祖父には伝えそびれた。
 病で他界する1ヶ月前、家族で見舞ったのが最後だ。「次男が生まれるよ」というと、声が出ない祖父は力を振り絞り、胸の前で手を叩く真似をした。最後まで祖父らしい姿だった。孫と祖父。姉と妹。さりげない物語だが、家族の情がまっすぐ心の深い所に届き、私はちょっと泣きたくなるのだ。