第6回 大賞作品

平和の象徴 島袋 美加子(東京都 39歳)

床の間のクースガーミ
(古酒甕)

選定委員:栗田 亘(コラムニスト)

 島袋美加子さんの実家は、沖縄本島北部のヤンバル(山原)と呼ばれる地域にあります。父利則さんは、市の博物館長を定年退職したのち、クース(古酒)づくりを始めました。「父の世代は、泡盛を集めるのと、自分で育てた泡盛の古酒を人に配るのが好き。それが男のロマンなんですって」
 泡盛は、タイ米を原料とした琉球諸島独特の蒸留酒。アルコール度数の高い酒ですが、年を重ねて寝かせてやると厳しさが和らぎ、芳醇さを帯びてきます。
 利則さんは仲間と「山原島酒之会」を作っていました。島酒とは、泡盛のことです。スローガンは「山原のすべての家庭の床の間にクースガーミ(古酒甕)を」。
 沖縄では、昔から泡盛や三線(さんしん)を床の間に飾ってきたそうです。親しい人と飲んで歌い踊って楽しむのです。
 美加子さんは言います。「地上戦を経験したから、いっそう、戦いたくない、平和でいたいと願う。その象徴に床の間の古酒甕があるのだと思います」
 古酒は毎年、仕次(しつ)ぎといって、甕から古酒を10%ほどを抜き、次の世代の古酒をつぎ足して熟成を深めます。100年物200年物も珍しくなかったそうですが、戦争で絶ち切られました。
 美加子さんの文章を少し補うと、年に1度帰省するたび、利則さんは言ったそうです。「100年以上破壊されずにいたというのは、そのあいだ誰からも攻撃されず平和だった、ということ。だから、戦争を経たあとの、今の平凡な時代こそが平和なんだ。でも、これから大変な世の中になっていくかもしれない。用心しなさい」