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第6回大賞作品(敬称略)

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バレンタイン地蔵 木﨑 俊造(大分県 65歳)

 坂の多い町の大学から、入江に日の出を見ることができる。その大学の一角に高さ30㎝程のお地蔵様があって、昭和45年2月14日没と刻まれている。  四つ上の姉は二十才だった。春に短大を卒業し、栄養士になることが決まっていて、仲間とともに卒業イベントの準備に忙しい時だった。歩行中、後方から来たスピード超過の車によって突然の死を迎えてしまった。  悲しみに一区切りを付けた両親が、お地蔵様を建てたのは三年後のことだった。そして四十年以上が経過した頃、あの大学のOB会事務局から連絡を頂いた。お地蔵様、数十年前から学生間でバレンタイン地蔵と呼ばれ、そこで待ち合わせると幸福なカップルになれるという言い伝えがあって、それをOB会誌に載せるため取材させて欲しいとのことだった。  姉の死から2月14日は決して楽しい日ではなかったが、今、積年の悲しみと悔しさが薄らいでいくのを感じている。穏やかな50回忌。

魂を慰めるギフト 選定委員:大平 一枝(ライター)

取材写真

 「え、バレンタイン地蔵ってなに? と、すぐには事情をのみこめませんでした」
 昨年6月、亡き姉の母校のOB会から電話が来た。1970年2月14日に20歳で亡くなった姉を偲んで両親が事故現場に建てた地蔵の意外な通称に、木﨑さんは驚いた。見ず知らずの若者たちの間で、姉の化身が幸福のシンボルとして愛されていたとは、どれほど心がやわらいだことだろう。
「嬉しくてありがたくて。高1で姉を亡くして以来、僕にとってバレンタインデーは思い出したくない日でした。友達が騒いでいても一人冷めてた。でも、それを聞いたとき、ああと心から安らいだ。で、この作品を書いたのです」

取材写真

 投函後まもなく、2019年のバレンタインデーがやってきた。
 彼は「チョコは娘と妻からだけですが、初めて楽しいと思えた。今年は特別な2月14日でした」と微笑む。
 仏教とキリスト教が合体した不可思議な名を持つ地蔵は、50年間笑えなかった2月14日の木﨑さんを、初めて笑顔にした。
 長い間、周囲には一人っ子と言い、生死にまつわるニュースにも、どこかで人の死とは、どうしようもないものという虚無の気持ちを拭えずにきた。高1以来、泣いたのは母の葬式の1度きりだ。
 私は彼が抱える喪失の圧倒的な深さに、胸が締め付けられた。だが、絶望ではない。見知らぬ誰かを、姉が今も喜ばせていることに癒やされ心繕い、喪失の記憶に小さなひと区切りをつけた弟の、これは希望の物語である。

※受賞者の年齢等は応募時点のものです。

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