祖父とサザエ 数年前、仕事で大変な案件が終了したときのこと。私は休みをもらって故郷の大分へと帰省した。昼夜休日を問わず働き詰めた私は、完全に疲れきっていた。人に優しくする気持ちも忘れていたと思う。何も言わずに平日に突然帰ってきたむっつり顔の孫を祖父は庭へと呼んだ。そこには、七輪とサザエが用意されていた。七輪の熱に耐えかねて、サザエがぶくぶくと泡を吹いている。「帰ってくるっち言うけん、急いで買ってきたんぞ。」口数の少ない祖父がぽそりと言った。祖父がちょぽっと醤油を垂らすと香ばしくて幸せな匂いが煙と共に秋晴れの空に立ち上っていった。それを見て、祖父が「天下泰平やなあ…」と呟いた。私はなんだか、泣きそうになってしまった。忙しさで心が貧しくなっていた嫌な自分も煙と一緒に消えていってしまったように思えた。祖父がその時くれた穏やかな時間と、忙しくても大らかな人でありたいと思う気持ちが私の遺産です。
準大賞とのダブル受賞
飯沼 綾(東京都 27歳)
おじいさんは、おいくつなのでしょう?いえ、トシは関係ありませんね。「天下泰平やなあ…」の一言で、この方が人生の達人ということがわかります。読んでいて、私まで気持ちが大らかになりました。文章も秀逸です。
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大学進学とともに上京、そのまま東京で就職された飯沼様は、仕事が忙しくなるほど望郷の念を強くされていたようです。御祖父様は若い頃単身丸の内のビルにお勤めだったそうで、都会暮らしの孤独も経験されており、飯沼様の疲れた様子にすぐお気づきだったとか。そんな御祖父様が焼いてくれるサザエ。立ち昇る煙。香ばしい香り。懐かしい味。「祖父とともに姉妹で旅行するのが恒例でした」とおっしゃる通り、御祖父様と過ごす時間こそが飯沼様にとってなにより大切なふるさとそのものなのでしょう。
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【選評】栗田 亘
おじいさんは、おいくつなのでしょう?いえ、トシは関係ありませんね。「天下泰平やなあ…」の一言で、この方が人生の達人ということがわかります。読んでいて、私まで気持ちが大らかになりました。文章も秀逸です。
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