お問い合わせ

選定委員紹介

栗田 亘 くりた わたる
栗田 亘 くりた わたる
コラムニスト

第七回 「わたし遺産」
募集に寄せて

みんなに遺すわたしの思い

〈ITがあふれ心は置いてかれ〉。新聞の川柳欄にそんな句が載りました。
スマホが日本の市場に初めて登場したのは、わずか11年前。いま、中学でスマホを持っている生徒は、なんと7割を軽く超えます。ITやAIの爆発的な革新は、生き方、暮らし方だけでなく、人びとの心にも、大きな影響を及ぼしています。これまでの価値観や倫理観が揺らいでいます。
でも、そんな揺らぎの時代だからこそ、家族を、友人を、出会った人を、まだ見ぬたくさんの人を、地球という星を、いままで以上に大切にしたい。
あなたが体験したエピソードに託して、「みんなに遺すわたしの思い」をお寄せください。それを、これから来る時代の心の財産としたいのです。

人物

朝日新聞社会部記者を経て論説委員となり、2001年3月まで6年近く、朝刊の『天声人語』を執筆。早稲田大学大学院客員教授などを経て現在、日本エッセイスト・クラブ常務理事、日本ナショナルトラスト理事、『朝日川柳』選者(選者名・西木空人)、『小田原寺子屋スクール』の漢文の先生。数誌にコラム、エッセイを連載中。

著作

「天声人語」
「漢文を学ぶ(一)~(六)」
「書き上手」
「おとなのための漢文51」
「本は、ぼくの先生だった」
「凹んだときに効く漢文」
「リーダーの礼節」
「ポケット川柳」
「樹寄せ72種+3人とのエコトーク」
「明日は、どうしてくるの?」
(講談社・15歳の寺子屋シリーズ)
「2030年の日本へ」(共著) 他

穂村 弘 ほむら ひろし
穂村 弘 ほむら ひろし
歌人

第七回 「わたし遺産」
募集に寄せて

いつか必ず

先日、ちょっとした成り行きで今年米寿になる父のところに若いインタビュアーがやってきた。父は語り出した。六十年前のドイツ留学時代の恋人のこと、株に手を出して家一軒分の損をしたこと……、同席していた私はびっくりした。そんな話、一度も聞いたことがなかったのだ。普段、父とするのは高校野球とか大学駅伝の話くらいなのだ。一人の人間の中には本人しか覚えていない出来事が無数に詰まっていることを改めて痛感した。たとえ肉親であっても、そのすべてを知ることはできない。そして、楽しい思い出も、悲しい思い出も、いつか必ずこの世から消えてしまう。私たちとともに。
よかったら、教えてください。あなたの〈わたし遺産〉はなんですか?

人物

1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。研ぎ澄まされた言語感覚で創作・評論ともに活躍。『短歌の友⼈』で第19回伊藤整⽂学賞、『楽しい⼀⽇』で第44回短歌研究賞、『⿃肌が』で 第33回講談社エッセイ賞受賞。最新歌集『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。

著作

「あかにんじゃ」
「まばたき」
「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」
「ラインマーカーズ」
「世界音痴」
「現実入門」
「にょっ記」
「絶叫委員会」
「君がいない夜のごはん」
「求愛瞳孔反射」
「蚊がいる」 他

大平 一枝 おおだいら かずえ
大平 一枝 おおだいら かずえ
ライター

第七回 「わたし遺産」
募集に寄せて

今、目の前のできごとも

少々変わったコンテストだ。文章の良し悪しを問わない。テーマがモノでなくてもいい。四百文字以内。年齢不問。作文が苦手な子でも入賞できる。
もうひとつ、面白い特徴がある。遺産というからには古いものをと、思わなくていいことだ。未来に伝えたいモノやコトであればいい。
今日、人にきついことを言われてもわりと気にしない女友達が、「昔、母がこの子は天使ですって先生に言ってくれた日から、私、無敵なの」と言った。我が家の子らは大きいが、今度言ってやりたくなった。そうしたら、これもわたし遺産になるかもしれない。つまり、たった今、あなたの心が震えたら、それも対象になる。──ね、ユニークでしょ?

人物

編集プロダクションを経て1994年、ライターとして独立。『dancyu』『東京人』『暮しの手帖別冊』』等、数多くの媒体にライターとして参加。連載に『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w)、『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)、『金曜エッセイ』(北欧、暮らしの道具店)、幻冬舎PLUSなど。

著作

「新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく」
「届かなかった手紙」
「あの人の宝物」
「紙さまの話」
「男と女の台所」
「東京の台所」
「昭和ことば辞典」
「もう、ビニール傘は買わない。」
「日曜日のアイデア帖」
「ジャンク・スタイル」
「昭和式もめない会話帖」他

ページトップへ戻る