広告ギャラリー
シンジル&タクセル
三井住友信託スペシャル対談シリーズ
「人生100年時代を輝かせる、
世界の見方。
人生100年時代と言われる今、長くなった人生の時間をポジティブに捉え、一日一日の価値を高めていくために。
さまざまなジャンルの方と俳優・佐藤浩市さんとの対談を通じて、
新しい時代の生き方について、前向きな視点や考え方をお伝えしていきます。
そばに共感してくれる人がいれば、
夢はふくらんでいく。
あの時の、あの記憶が、人生をエンターテインしてくれた。
佐藤 : 僕は本名で役者をやっていますが、水田さんは芸名ですか?
水田 : そうです。
佐藤 : どんな由来で?
水田 : 三重の伊賀市にある実家の庭にワサビが自生してまして。
佐藤 : 勝手に生えているんですか。
水田 : 勝手に生えてるんです。ドラえもんの声をやる随分前から所属していた、劇団の座長さんが、故郷を思ってつけてくれた名前です。
佐藤 : それは食べられるんですか?
水田 : 食べられます。ワサビの葉を佃煮にして母が出してくれたりとか。辛いですが、母がすごく味を濃くしてくれていたので、子どもの時もご飯にちょっと乗っけて食べてました。
佐藤 : 実は僕は20代の時にアニメ映画の吹き替えを1本だけやってるんですよ。それ以降はご縁がなくて。
水田 : エーッ。
佐藤 : 水田さんは実写のほうはお出になったりはしないんですか?
水田 : そんなのとんでもないことです(笑)。お芝居は大好きですけど。
佐藤 : 僕は舞台はやらないけど、やっぱりどこか帰れるところを作っておかないと、思うように表現できないという演者の方は、いらっしゃいますよね。
水田 : そうなんですね。佐藤さんはどうして舞台はやられないんですか?
佐藤 : 僕は子どもの頃、三國が帝国劇場で芝居をやる時には必ず行って、奈落に入って遊んだりしてたんです。それで、小学生の時、終演後に舞台に立ったんです。そうすると、空の客席が、目の前に1,500席ぐらいでしたっけ。
水田 : もっと入るんじゃなかったかな。
佐藤 : バーッと客席を見た時に、「駄目だ。怖いや」と思って。
水田 : (笑)
佐藤 : それからあんまり舞台をやるというイメージが自分の中にはなかったというのが。まあ、後付けの理屈ではあるんですが(笑)。実際、ものづくりとしての映画ということに対する興味があって。若い頃に舞台をやってたら、全然違っていたのかもしれません。ちょっと大上段な話になってしまうんですけれども、こういう時代にエンターテインメントというのは、要不要みたいな話もあったと思うんですけれども、僕はもうちょっと、ある種必要性というか、回帰の声が多く出るかなと思ったら、意外に静かですね。
水田 : 静かですね。
佐藤 : 見る側の人たちの何かが移行しているんでしょうね。
水田 : 佐藤さんは、もともと音楽を聴かれるじゃないですか。ヘヴィメタとか。あれってライブとか行かれてるんですか?
佐藤 : 僕は20歳ちょいまでですね。学校が千代田区だったので、武道館で何かコンサートがあると、別に中に入ってライブを見るわけじゃないんだけど、そこに行ってお客さんたちを見てました。
水田 : そうなんですか。
佐藤 : 「入っていくな。みんな見るんだ。いいな」とか。
水田 : 分かります、分かります。武道館の外って活気ありますよね。始まる前、ワ~ッてね。今でも武道館ってアーティストさんたちにとって特別な場所みたいですよね。
佐藤 :水田さんは何かそういうのはあるんですか?自分がエンターテインされる側の。
水田 : 私も音楽大好きです。結構ライブは行きます。
佐藤 : 水田さんは何系ですか?
水田 : 私は邦楽ロック。だから、邦楽のロックフェスは毎年のように行ってます。でも中止になっちゃったので、フェスのリストバンドを今日もカバンに入れてます。行けないけど、身に着けて、行った気持ちになろうって、ちょっと意識的にテンションを保つようにしてます。
同じ時間を共有した友達がいれば、きっと大丈夫。
佐藤 : 昨年から今年にかけて、影響はどうでしたか?
水田 : そうですね。一時期、テレビもそのニュースばかりで、作品が心のオアシスでありたいと思っていました。私自身も自粛期間中に、16年やってきたドラえもんを演じられなかった期間があって、とても寂しくて。だから、早く楽しい作品を届けたいという思いは強くなりました。舞台も映画館に行くのも、以前より尊い存在になってるように思います。映画を見に行くのってこんな特別なことなんだって。
佐藤 : あの共有感というのは、芝居でも映画でも音楽でも、みんなその空間に居て、共有してるという思いの中で見るのと、個人で何かするのとは全然意味が違ってきますよね。今はそういう機会を作るのも難しいけれど。
水田 : このステイホームとかを味わって思ったんですけれど、若い方たちって友達って大事なんだなと。ドラえもんの作品中でも「なんでそんな思いまでして助けに行くんだよ」「だって、友達だから」っていうセリフが結構何度も出てくるんですよ。そこに理由はない。それこそ同じロックバンドが好きな友達と共有できたり、友達の存在って若い方たちには、私たちの世代よりももっと、勇気とか元気をもらえる大きなものなのかな、と。
佐藤 : 話が少しそれますが、僕は「友達」って言葉を使わないな、と気づきました。僕の年になって「友達」と言うのは非常にお尻がこそばゆくなるというか。その代わりに何だろうって、結局「何々仲間」なんですよ。「ゴルフ仲間」だったり。
水田 : ああ、面白いですね。何かを介しているということなんですね。
新しい時代に、どんな言葉を新しい人に、贈ろうか。
佐藤 : そういえば、昨日、現場で後輩と話をしたんですが、「もうあと数年したら、『昔は打ち上げってあったんですよね。何しゃべるんですか?』、そんな会話をするようになるぞ」って(笑)。僕らの時代は打ち上げで憂さを晴らすのもあったし、その時には先輩に好きなことを言わせてもらったりとか。そういう硬軟含めた会話をする楽しみがあって。酒の席で何となくそんな話を聞けて、いろんな経験談を聞けて、「へえ」と思いながら、「これはちょっと違うな」とか思うことはあったとしても、その取捨は自分に任せられるわけだし。でも今の子たちはそういう楽しみ方はないんだなって。
水田 : ああ、そうかもしれないですね。私は、結構年上の先輩たちに誘われるのが大好きなタイプでしたけど。現場で、「よし、今日は先輩たちと夜飲みに行けるぞ」っていう。やっぱり違うお話を聞けたりとか、囲まれてると居心地がいいんですよね。
佐藤 : 僕らが若い時は、さんざん先輩に言われてましたから、それと同じになっちゃうから、言いたくないですが(笑)。どこの会社、組織も、組織論というのが確実に崩れているし。僕らの時代では考えられなかったことが今はあるっていう。そんな中で若い人へ言葉をかける責任というのが、ものすごく怖いですよね。
水田 : 本当に怖いです。出会いによってプラスもあれば、ある人の発言で、もしかしたら逆もあるかもしれないですからね。
佐藤 : こちらが発信しているその言葉を、180度意味を取り違えても取れるわけだし。実際向こうの許容量の問題もあるんだけど。向こうがちゃんと言った意味合いをそのとおりに受け入れてくれればいいですが、ちょっとズレて受け入れちゃうと、全然違った方向に行っちゃう場合もありますからね。
水田 : 私はセリフを言う立場として、言葉って本当に大事だと思います。「気を付けて行ってらっしゃい」というのも、やっぱり肉声で伝えるのってすごく大事だと私は思っていて。やっぱり言葉って、人の気持ちって、ちゃんと伝わるのだということは常日頃思ってます。
佐藤 : うちのかみさんがいろんな子どもたちを面倒見ていたりして、若い人がうちに出入りしてるんですけど、「これから先、将来何していいか分からない」という声を聞くこともあって。そこに対して、僕はいつも思うんだけど、僕らの商売は目隠しして塀の上を歩いているようなもので、必ず落ちる。落ちるんだけど、いつも干してある布団の上だったり、植え込みの上で、怪我しないで済んだりして。たまたまうまくいって、でも「人生ってそんなものなんだよね」っていう。なんかそんなことしか言えない。もうちょっとうまく説得力ある言葉を、もう60年も生きてるんだから、それぐらい勉強しただろうと思うんだけど、全く言えない。
水田 : いえいえ、今のはすごい。確かに先は分からないけど、落ちても大丈夫。きっと支えてくれるものはありますもんね。
佐藤 : 運だけじゃなくて、それが周りの人の支えであるわけですが。
水田 : そう。本当に思います。
佐藤 : その時には自分がツイてるだけだと思っちゃうんですよ。後から「そうかそうか、考えてみたら、あれは誰々がそうしてくれてたんだな」っていう。
夢みる勇気をくれるのは、いま目の前にある出会い。
佐藤 : 僕たちの仕事って先が全然見えない中、続けてこられた、夢を持ち続けてこられたのは何が大きかったと思いますか?
水田 : 私はやっぱり、小さいですけど劇団に入っていたので、何かあってもそこでは絶対にお芝居がこれからもできるっていうのは常に思ってました。
佐藤 : 嫌になることってないんですか?
水田 : 嫌になること?私、どれだけ稽古場で「田舎帰れ!」とかほっぽり出されても泣きながら戻ってきてたので、しがみつきたい何かがあるんだと思うんですよね。演者側ってゴールがないですよね。次々と。いつ落ちるかも分からないですけれども。危うい道ではありますけれども、「よし、たどり着いた」っていうのがないというのがまた魅力だと思います。だから夢をあきらめられない。ゴールがないから捨てるものもないというか。
佐藤 : 僕は今年、映画で高校生の吹奏楽部の顧問の先生役をやって。実際の高校生が、映画の撮影ということで参加してくれて、演奏してくれたんです。本来なら、全国大会とかあったはずが結局彼ら、彼女らは発表する場所がこの1年でなくなっちゃったわけです。でも、本当にみんな目がキラキラしていて。場所があったらそうやって生き生きするのかもしれないですけど、なかなか場所を作りづらい時代でもあるし。インターネットがあって、自分の世界に入れちゃうから。僕らが小さい頃は、外へ行って場所を自分らで作らないと遊び場がなかったから、そういうことで友達とも会うし、家の外にも出て。そういう場所ができないというのが問題なような気もするな。
水田 : だからこそ、作品を通していろんな冒険ができるというのはすごく意識してます。出かけられないからこそ、作品を通して、宇宙に行ったり、恐竜時代に行けたりとか、外の世界を楽しんでもらう。それでキラキラしてる子どもたちの目を見ると、「わあ、みんなこうやって作品を楽しむんだ」って、私のほうが勉強になる。忘れていた気持ちを子どもたちから教えてもらうというのはありますね。だから、出かけられないけれども、作品を通して外の世界を楽しんでもらうというのは、ひとつ、今、役者をやっていてよかったなって。お便りとか実際もらうので「ああ、よかったな」と思いますね。そういえば、今の人たちが大言壮語を言わないみたいなことも、昔の人はちょっと虚勢を張るにしても言ってたのかもしれないですよね。
佐藤 : 昔の人は当然そう言わないと、まず先輩たちの前で希望がないようなことを言ったら、「眠たいこと言ってんじゃないよ」みたいになっちゃうから(笑)。
水田 : ネットでいい情報も悪い情報も得ちゃうから、希望とかがいろいろ見えなくなっちゃうんですかね。私たちの時は何もなかったですもんね。不安な情報が入ってこなかったから。そこが閲覧できないのもラッキーだったかも。
佐藤 : そうですね。
水田 : だから、そこでどこまで夢を信じるかですよね。「どうせ」と思うか、「そうか」って夢を持てるか。そこはたぶんどの世代の人たちも、冷めてないと思うし、その夢や希望を言うのを恥じないような社会になってほしいですよね。私自身、二十数軒の水道も通ってない山村から、「私、東京行って劇団入る!」というのを、「行っておいで」と送り出してもらった。「何言ってんだよ」って言わないであげてほしい。夢によりそって支えていける周りでなくちゃ、ってすごく感じますね。
佐藤 : ドラえもんの声を演じて17年目ですね。
水田 : 最初は無我夢中で走っているだけだったけど、ドラちゃんと出会えたから佐藤さんと会えた。ドラちゃんとの出会いがいろんな方との出会いをプレゼントしてくれるんです。
佐藤 : ものすごい出会いですよね。
水田 : この作品と出会って、この人と出会ってこのオーディションに呼んでもらえてとか、人と出会って全部自分の節目節目変わってます。やっぱり私は足を運ぶのが好きなんですよね。舞台を見に行ったりとか。自分で動くことってすごい大事ですよね。全然興味なかったものに・・・お世話になった親戚の人を大相撲へ見に連れて行ったはずが、自分が大相撲を大好きになってたりとか。だから、すぐ手に入れられるものもいいですけど、やっぱり遠回りというか、尊いものほど時間がかかって、でも手に入れた時にパッと花が開くんだって、若者たちにも伝わるといいな。
佐藤 : 近道が近いんじゃないんだと。自分の中で考えて考えて逡巡していろんなことをやってみて、遠回りしながらいろんな景色を自分で見ながら歩くということも、実は後で考えたら財産になってるよ・・・ということを言っても通用しないかな。
水田 : のちのち絶対に気づくと思います。
佐藤 : やっぱり出会いがあるからなんですよね。人も、本も、作品も、もしかしたら誰かが断ったから自分にきたのかもしれないし。それも含めて、たまたま出会えたひとつひとつをつないでいくと、何とか人生長くつながっていけるんだな、と。そんな気がするし、すべての出会いに感謝しますよね。
水田 : 本当にそうですね。人との出会い、そしてどこまで夢を信じるか。
水田 みずたわさび (47歳)/ 声優
三重県伊賀市出身。高校卒業後、劇団すごろくに入団し舞台女優として活動を開始。2005年よりドラえもんの声を現在まで担当。声優として活躍する。
※年齢は2021年9月現在です
~ 自分らしく人生を踏み出す、そのそばで。 ~