第10回 大賞作品

葉っぱの色談義 岡本 陽子 (愛知県 40歳)

息をするように

選定委員:大平おおだいら 一枝(ライター)

 子どもの純粋さや先入観の無さって尊いよね、という話でも、みんな違ってみんないいという話でもない。岡本陽子さんにお会いして、よくわかった。
 文中にあるように、目の前の事象を、理由や意味付けにとらわれず、ありのままに受けとめる。知識が増えれば増えるほど、それが難しくなる大人にとって、なんと美しい能力だろうと、彼女は心を動かされたのである。
「この頃、娘は『ちいさい秋みつけた』という歌から、季節を小さい大きいと表現するのがブーム。私は、小さい秋からだんだん大きくなって、葉っぱが黄色や赤になるんだよと話していたのです」
 ところが緑のままの木があった。
 スマホを取り出し、子どもの「なぜ?」に、正しい知識で応えようとする母。私にも覚えのある育児の一場面だ。
 すると珠玉のような言葉がサザンカに注がれたというわけだ。
 そのとき一緒にテレビで古いアニメを見た日を思い出したという。
「娘は楽しく見ていたのですが、私は、モノクロのぎこちない動きに、つい“怖い”と漏らしました。自分とはまったく違う感想に、娘は“あ、母ちゃんは怖いんだね。色かな、音かな。もう見ない? 怖いけど見る?”と。ただただ息をするようにごく自然に、他者との差異を当然のものとして受け入れている。人間にはそういう感覚もあるんだなとハッとしました」
 なんでもないひと言の奥にきらめく哲学を、心に保存する母の感性もまた、貴重なわたし遺産だ。