第10回 大賞作品
風邪ノ為、欠席シマシタ 千葉 洋子 (宮城県 71歳)

世界にひとつのお守り
選定委員:
嫁入り道具だという白い鏡台の引き出しを開けると、すぐ目に入るいちばん上に、その生徒手帳がぽんと置かれていた。
もっと奥の方にしまわれているかと想像していたので、意外に思った。千葉洋子さんは語る。
「しまい込んだら見えなくなっちゃうので。これまでずっとこの手帳に見守ってもらってきました。私のお守りですね」
明治生まれの父は、両親を疫病で早くに亡くし、出兵も捕虜も経験。以降、苦労しながら畳職人として5人の子と妻を養った。洋子さんは4番目で長女である。
「口数は少ないけれど、しゃべるとおもしろい」父が、字を書けないことは幼い頃からわかっていた。よく学校書類を、「なんでこんなもん書かせるんや」とブツブツ言いながら文字を練習していた。
「だから、頼むの悪いなあと思いながら、お願いしていました」
小学校で、作文上手の洋子ちゃんと言われて以来、書くのが大好き。彼女は昨年10月、新聞で「わたし遺産」の募集を見るなり、すぐに思った。─あなたにとって価値のあるもの。それならある! 化粧のたび、毎日目にする小さな手帳。あれだ、と。
夜中、懸命に練習しながら書いたぎこちない文字は、半世紀後、大賞というギフトをもたらした。
「そういえば今、手元に残る親の文字はこれしかありません。母の字もない。大事にしないとですね」
世界にひとつのお守りは、今日もあの引き出しにある。
もっと奥の方にしまわれているかと想像していたので、意外に思った。千葉洋子さんは語る。
「しまい込んだら見えなくなっちゃうので。これまでずっとこの手帳に見守ってもらってきました。私のお守りですね」
明治生まれの父は、両親を疫病で早くに亡くし、出兵も捕虜も経験。以降、苦労しながら畳職人として5人の子と妻を養った。洋子さんは4番目で長女である。
「口数は少ないけれど、しゃべるとおもしろい」父が、字を書けないことは幼い頃からわかっていた。よく学校書類を、「なんでこんなもん書かせるんや」とブツブツ言いながら文字を練習していた。
「だから、頼むの悪いなあと思いながら、お願いしていました」
小学校で、作文上手の洋子ちゃんと言われて以来、書くのが大好き。彼女は昨年10月、新聞で「わたし遺産」の募集を見るなり、すぐに思った。─あなたにとって価値のあるもの。それならある! 化粧のたび、毎日目にする小さな手帳。あれだ、と。
夜中、懸命に練習しながら書いたぎこちない文字は、半世紀後、大賞というギフトをもたらした。
「そういえば今、手元に残る親の文字はこれしかありません。母の字もない。大事にしないとですね」
世界にひとつのお守りは、今日もあの引き出しにある。