第3回 大賞作品

折り目のある写真 齊藤 まどか (愛知県 43歳)

戦争を終わらせるもの

選定委員:穂村 弘(歌人)

 拝見した留学当時の写真には、十六歳の齋藤さんのあどけない笑顔が映っていた。それから、穏やかそうな「祖母」とネクタイを締めた生真面目そうな「祖父」の姿。
 「お祖父さんは、最初、なかなか目を合わせてくれなかったんです」と教えてくれた。
 目の前の日本人の女の子に罪がないことは、もちろん彼にもわかっていただろう。でも、戦場の記憶と首の後遺症が邪魔をした。ようこそと歓迎してうち解けることは難しかったのだ。
 「不思議に思ったけど、でも、その理由はわからなかったんです。誰も教えてくれなかったから」
 初めての留学先で、とても不安だったと思う。けれど、少女は心を閉ざすことはなかった。時が経つにつれて、お祖父さんは少しずつ話してくれるようになったそうだ。やがて笑顔も。そして、留学を終えて日本に帰る日、彼は自分の大切な宝物を女の子に託した。帰国後、お祖父さんから受け取った手紙の中には、こんな一節があった。
 「もう戦争は終わったのだね。私の心の中の戦争がやっと終わったのだよ。ありがとう、心からありがとう」
 出来事としての戦争が終わっても、人の心の中の戦争は終わらない。それを終わらせることができるのは人の心だけ。そのことを教えられた。お祖父さんもお祖母さんも今はもういない。でも、ホストファミリーとは家族ぐるみで親しくつきあっているそうだ。また、現在の齋藤さんは日本の子供たちに英語を教える仕事をされている。二十六年前の体験が実らせたものの大きさを思った。