茶色の木綿の大風呂敷をほどくと、出てきたのはかび臭い匂いの色あせた青緑の蚊帳だった。姪っ子が古い納屋の二階をかたづけていて見つけたと言う。子供の頃、夏になると吊るした蚊帳の中で父母と寝ていた懐かしい蚊帳だった。元は白糸だったろう、所どころ破れを繕っている。蚊帳の裾を手繰り寄せ何回か上下に振って、さっと入らなければ蚊も一緒に入るとよく怒られたものだ。蚊帳を吊ると雨戸も障子も開ける。すると、家の前方の「塩ヶ森」の山頂の灯台の灯がくる〜と空を一周するのが見える。「この灯より下を飛んだら危険と飛行機に知らせている。」「遠足で塩ヶ森に登ったらよその組が道に迷った。」蚊帳の中で色んな事をしゃべった。父母も灯台もすでになくなった。今夏、都会の孫達が帰省できたら、この蚊帳を吊るしみんなで一緒に寝ながら、婆ちゃんの子供の頃の事をいっぱい話そう。
準大賞とのダブル受賞
盛本 千歳 (愛媛県 74歳)
「家の前方の『塩ヶ森』の山頂の灯台の灯がくる~と空を一周するのが見える」という臨場感が素晴らしい。雨戸も障子も開け放った部屋に吊った蚊帳は、家族のお喋りを引き出す魔法の空間だ。
本動画では下記の動作環境を推奨しております。これらの環境以外ではご利用いただけない、または何らかの制限が生じる場合がございます。あらかじめご了承ください。
推奨視聴環境はこちら
障子も雨戸も開け放って、蚊帳を潜って並んで布団に入った夏の夜。当時は街灯りもなく、月や星の灯り以外は何もない真っ暗な中、航空灯台の光だけが空を巡る静かで幻想的な光景だったと語る盛本様。麦秋の頃には群れ飛ぶ蛍を狩って麦の穂を編んで作った籠に入れたり、とあふれ出す記憶。今もなお塩ヶ森のふもとに在る生家。その納屋から見つかった古い蚊帳が思い出させてくれた幼い日の事。そのひとつひとつが、伝え残していきたい大切な遺産となりました。孫にもいつか体験させてあげたい、と優しい笑顔でお話いただきました。
閉じる
【選評】穂村 弘
「家の前方の『塩ヶ森』の山頂の灯台の灯がくる~と空を一周するのが見える」という臨場感が素晴らしい。雨戸も障子も開け放った部屋に吊った蚊帳は、家族のお喋りを引き出す魔法の空間だ。
本動画では下記の動作環境を推奨しております。これらの環境以外ではご利用いただけない、または何らかの制限が生じる場合がございます。あらかじめご了承ください。
推奨視聴環境はこちら