第2回わたし大賞作品

みごと「わたし大賞」に輝いた作品をご紹介します。

満員電車の奇跡賞

植田 郁男(埼玉県 55)

賞状・エピソード

優しさと勇気のある場所

選評 藤川 幸之助(詩人)

 「朝の満員電車は、慌ただしさと微かな苛立ちに満ちている。」この一文に惹かれた。「満員電車に満ちている微かな自分への苛立ちを感じ、ちょっと誰かが咳をしても、私に向けてされているんじゃないかって思っちゃって」体調が悪く吊革にしがみついてぐったりとうつむいていた時を、つらそうに植田さんは振り返った。
 少年の大きく甲高い声が響いた。席を確保し、救急隊員さながら少年は植田さんを着座させた。「その一連のよどみない動作というのは奇跡と言うよりほかない」と植田さんは言う。恥ずかしい、私もきつい、きついふりかも、いろんな理由を見つけ、少年の行動を尻目に周りの大人同様、私も何もしなかったかもしれない。

 「少年の優しさと勇気にふれて、人ってやっぱり優しいもんなんだろうなあ」と、事後、妊婦さんに席を譲ったと植田さんは嬉しそう。常識や経験を重ねて人は大人になっていく。みきが伸び、常識という葉が繁り、経験という花が咲き実ると、それらに隠れ自らの心根にある優しさや勇気が見えづらくなる時がある。それを少年は大人達の心の中に呼び起こす。大人を前に子どもが起こす「奇跡」だ。
 植田さんは少年に会えずじまいのようだ。会って「ありがとう」を伝えたいと植田さんは言っていた。この受賞できっと会える気がする。「ありがとう」は「有り難い」を語源にもつ言葉。「有り難い」とは「ありそうもないことが起こって感謝する」という意味の「奇跡」の言葉だからだ。