第3回わたし大賞作品
みごと「わたし大賞」に輝いた3作品をご紹介します。
私の“最宝箱”賞
川野 裕子(神奈川県 55)

時間の詰まった箱
選評 穂村 弘(歌人)
お母様が遺されたお菓子の缶の裁縫箱を実際に見せていただいた。受賞作である「私の“最宝箱”」に記されているように、そこには裁ちばさみや刺繡糸やハギレやボタンがぎっしりと詰まっていた。
川野さんが大小さまざまなボタンの一つひとつに触れながら、「これは結婚前に着ていた服のくるみボタン、これは最初に勤めた学校で着ていたスーツのボタン、あ、これは晩年の母のカーディガンのボタンです」と教えてくれる。
「こんなに小さなボタン一つで、よくわかりますね」と私が驚くと、「覚えているもんですね」と呟かれた。「幼い頃に両親を亡くした母は、若い頃になんとか洋裁で身を立てようと考えていたのかもしれません。昔のことをもっといろいろ聞いておけばよかった、と今は思うんですけど。三十年も介護をしていた父を看取ってから、ほどなく母も逝ってしまったので」
けれども、お母様から直に話が聞けなくても、遺された「最宝箱」からは一つの家族の歴史を感じ取ることができた。洋裁に懸けようとした心の証のような二丁の裁ちばさみから始まって、子ども時代の川野さんやお兄さんのためのレースやハギレ、そしてお父様の介護のためのジャージの替えゴムに至るまで。最初から記録を目的としたアルバムなどとは違った形で、そこには母という存在を中心とした家族の大切な時間がぎっしり詰まっていた。
「でも、へそくりは入っていませんね」と川野さんは笑顔を見せてくれた。