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三井住友信託スペシャル対談シリーズ
「人生100年時代を輝かせる、
世界の見方。
人生100年時代と言われる今、長くなった人生の時間をポジティブに捉え、
一日一日の価値を高めていくために。さまざまなジャンルの方と俳優・佐藤浩市さんとの対談を通じて、
新しい時代の生き方について、前向きな視点や考え方をお伝えしていきます。
認知症になっても、
感情のゆたかさは色褪せない。
認知症になった認知症専門医 患者として、医師として見える世界
佐藤 : 先生を前にしたら僕は58歳の若輩者ですが(笑)、今日はよろしくお願いします。先生は認知症研究の第一人者ですが、認知症の診断に使われる「長谷川式認知症スケール」を開発し、治療や対処を世の中に普及されたんですよね。
長谷川 : 僕が師事していた教授にね、「長谷川君、認知症の見立ては昨日と今日で変わってはいけない。一定の基準が必要だから、認知症と診断できるような物差しを作りなさい」と言われたんだよ。「それはどうやって作ったらいいんでしょうか」と聞いたら、「それを考えるのがお前の仕事だ」と。そこで、苦労して作り上げたのが長谷川式スケールです。精神科医が診断する時に使う質問項目を9つ並べたんだ。できたら1点、できなかったら0点、そういうふうにした。目に見えない人間の認知機能を数値化したんだ。実際使ってみると誰が行っても、ほとんど同じ結果になることがわかったんだよ。それが、僕の最初の仕事、「長谷川式認知症スケール」です。
佐藤 : そんな先生ご自身が、認知症を発症されたとのことですが。
長谷川 : 嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症といって、忘れっぽくなっちゃうんだね。それから確かさがはっきりしなくて、自分の体験があやふやになった。例えば出かける時「あれ、鍵かけたかな」って戻って「あ、大丈夫だ」って安心して行く。正常な人はそれで済むけれども、そのあやふやがひどくなると、何回もそれを繰り返す。そういう特徴の症状が起こってきたんだね。
佐藤 : 医師の自分と、患者の自分。両方を経験するのはどういう感覚ですか?
長谷川 : 行ったり来たりを自分で確認して思ったのは、認知症というのは連続しているんだと。朝はピカピカ、昼を過ぎると疲れてきて夕方は認知症っぽくなる、でも寝て朝起きるとピカピカ、その繰り返し。認知症というのはこういうふうに回転しているんだということがわかってきた。ピカピカな自分とダメな自分はつながってるし、認知症を専門にしていた僕ですらなるんだから、歳をとれば誰でもなる。そういうふうに神様は作ってくれているんじゃないかと思うようになった。認知症になるとあやふやになってくるから、確認しなくちゃ、となるけれども、もう確認してもしょうがないとあきらめる。生活はしなくちゃいけないから、それはこちらに置いておいてやってみよう。そういうふうに割り切ってやれるようになったのは、ひとつの救いだった。そういうことをみんなにも伝えたいなと思ったんです。
佐藤 : 僕は役者という仕事をしていて、定年はないわけですが。若い頃とはセリフを覚えるスピードも変わってくるし、老いに対する畏怖心というのは、当然あるんです。それを恐れてはいけないよ、ということですね。アクセプトしながら希望をもってやっていく。
長谷川 : そうですね。できないことはしょうがない、というふうに考えて、落ち着いて仕事をするようになったね。
日々をゆっくり味わえるのは、人生を折り返してからの特権
佐藤 : 今、先生は何が楽しみでいらっしゃるんですか?
長谷川 : 僕は時代劇が好き。映画も見ますね。
佐藤 : 映画って長いですが、最初から最後まで続けてご覧になるんですか?
長谷川 : 全然問題ないですよ。たまに寝ちゃいますけど。
佐藤 : つまらない映画だと(笑)。
長谷川 : 毎日がとにかく楽しい。若かった時と今を考えると、若かった時はつらかったな。山登りに例えると、若い時は一生懸命、頂上を目指してやるわけ。だから、競争するよね。見ているのは石ころばかりだったけど、登りと下りでは違う。歳をとってからは、下る時は十分に景色を見て下っていくことができるから、非常に楽しいよな。
佐藤 : 先生とは職業も違えば生き方も違うんですが、僕にすごく当てはまるものがあって面白いです。頂ばっかり見て登ると足元がおぼつかなくて怪我をするんですよ。でも、足元ばっかり見ていると周りが見えなくなって、人の気持ちを置いていっちゃうところがある。そんなことを繰り返しながら、何とか頂上付近まで来たかなと思うと、「もう下りてください」と言われるんです。若いやつらがまたいっぱい出てくるから。けれど、最近思うんです。人生の楽しみ方というのも、疲弊する楽しみ方ってあるじゃないですか。人生、頑張った分、無理してでも楽しまなきゃという考え方も、僕は疲れてつまらないなと。身の丈というか、ふっと、今いる場所で、家族や友人たちと過ごす、そういう幸せがわかるようになってきました。
長谷川 : 素晴らしい。僕はあなたに会うのをとっても楽しみにしていたんです。多くの人々があなたのことを高く評価されていて、どうしたらそんなことができるんだろう。
佐藤 : そんな恐縮です。ご存知かと思いますが、僕の父も俳優業をやっていたのです。僕は父とほとんど、一緒に暮らしたこともないし、ほとんど、仕事場を共にしたこともないんです。けれども、人に対する目線が同じなんですよね。以前、父が演じたことのある歴史上の人物を演じたことがあって。自分なりに役作りをしたつもりが、父もまったく同じように演じたと指摘されたことがあります。まいったなと思いながら、やっぱりうれしさもどこかにあったりしましたね。
隣にいる人が、自分を知っていることで孤独はいなくなる
佐藤 : 毎日を楽しく過ごすため心がけていることは何ですか?
長谷川 : 気を付けていることは、できるだけ規則正しい生活をすること。それから、家内と二人暮らしなんですけど、なるべくケンカをしないようにする。どうしても、家内は強くて怖いですからね(笑)。とにかく、彼女はなかなかの優れ者だから、彼女が元気でいてくれればありがたい。彼女を杖にして毎日を暮らしていけば大丈夫だと、思っているんだ。それから、子どもたちとのつながりも大事にしています。
認知症の人もみんなと同じように悩んだり苦しんだり喜んだり、「人として生きていてよかったな」とか「ああ、これは悲しい」とか、人間として普通の感情があるから。必ずしも血縁の絆じゃなくてもいいから、いろんな人と結ばれていて、心の絆をいくつも、いくつも持っていて暮らしていける社会にしていく。これが地域ケアなんだな。
佐藤 : 「認知症」というとあくまで病気としての捉え方で、専門家に任せなきゃ、と受けとりがちですよね。でも、昔は「耄碌(もうろく)」という言葉があって、歳をとれば自然とそうなると受け止めて、家族も近所の人たちも、みんなで守ろうという、そういう地域のつながりがあったように思いますね。
長谷川 : そうですね。あと、もうひとつ言えることは、同じ目線で受け止めてあげる。そして盛り上げてみる。「ああ、そうなの? 心配ないよ。大丈夫だよ。さあ、一緒に食べよう。デザートが来たから」って具合にね。話の筋道をちょっとそらして、「こっちへいらっしゃいませんか」というふうに招いてあげるということがとても大切なんじゃないかと思うんです。
佐藤 : それは共感してくれる人が、そばにいるということですね。病気の人が家族の中にいると、支える側も大変だと思いますが。
長谷川 : 支える側も支えてもらう人が必要だよ。支える人をさらに支える人。
佐藤 : なるほど。地域ケアというのは患者さんだけじゃなくて、周りのご家族に対してもケアがあるということですね。先生は、認知症になってからもいろんなことを考えていらっしゃるんですね。
長谷川 : そうだよ。認知症になったから考えたのかもね。そうならなかったら考えてなかったかもしれないね。忙しい時は全くそういうチャンスがなかった。土日も休みがなかったけど、ようやく遊べるようになった。
佐藤 : いいですね。そういうふうになりたいですよね。
長谷川 : あなたはまだ58歳でお若いけど、僕も明日より今日のほうが若いわけだからね。今を大切に生きるということ。今、自分ができることで、世の中のために尽くして、何か残すことができれば最高だと。そうやって、今日から明日へとつないでいけば、それは死んだ後にもつながっていくんじゃないか。そういうつもりで、これからもやってみようって思っているよ。
長谷川 はせがわ和夫 かずお (90歳) / 医師
認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長,聖マリアンナ医大名誉教授
日本の認知症医療を確立した第一人者。認知症の診断に役立つ「長谷川式認知症スケール」を開発。
「痴呆」から「認知症」への名称変更の立役者でもある。
2017年、自らが認知症(嗜銀顆粒性認知症)と診断されたことを公表。
以降も積極的に認知症理解の促進と治療環境の改善に向けて、活動を続けている。
※年齢は2019年9月現在です