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三井住友信託スペシャル対談シリーズ
「人生100年時代を輝かせる、
世界の見方。
人生100年時代と言われる今、長くなった人生の時間をポジティブに捉え、
一日一日の価値を高めていくために。さまざまなジャンルの方と俳優・佐藤浩市さんとの対談を通じて、
新しい時代の生き方について、前向きな視点や考え方をお伝えしていきます。
80を過ぎて、やっと
引退をあきらめた。
酒は、生きもの 60年かかっても、まだ手なづけられない
佐藤 : これから、今年の酒の仕込みに入るんですね。
農口 : そうです。来年の5月くらいまで蔵に付きっきり。
佐藤 : ワインや蒸留酒と違って、日本酒は寝かせるわけじゃなく、その時その気候が勝負ということですか。
農口 : はい。日本酒はアルコール飲料の中で一番複雑な並行複発酵というので造ります。タンクの中へ蒸し米と米麹を入れて、デンプンを糖に分解しながらそれを酵母に食わせていく。両方が並行することで、最終的には味の調和も整った、アルコールも20%近くのものができます。ワインなどの単発酵だと、13%か14%ぐらいがせいぜい。並行にすると酵母に負担がかかって酵母が弱ってしまうんですけど、その均衡を保つのがわれわれの仕事です。
佐藤 : 湿度や温度も関わるんですか?
農口 : 昔から酒は寒造りっていいましたが、寒い地方で10度以内、5度ぐらいの環境で造るのが最適なんです。酒造りというのは戦後になってから、私が勉強していくぐらいの時に理論化されたんです。理屈が分からなくて引き継がれてきた。だから、日本酒ほど危ない作業はなかった。日本酒は儲かるけれども、高い米を使うわけですからね。下手して腐らせてしまったら金にならんわけですから、倒産しなきゃならない。そういうのもたくさんあったらしい。
佐藤 : 昔は流通がないから、その地方はその地方のお酒しか味わえなかったんですよね。
農口 : 私は東海で酒造りを学んで、27歳の時、石川県の鶴来(つるぎ)で初めて杜氏になりました。当時北陸になかった香りのいい、きれいな酒を造りたかったんですけど、鶴来に来て造ったら、こんな薄い酒はまずくて飲めないって。酒造りを指導する人たちは、いい酒だって褒めてくれたけど、お客さんには「こんな薄い酒、飲めたものじゃない」と言われた。地域の人たちは山仕事をするから、疲れた後は濃い酒を飲みたがってたんです。これは自分の思いだけで造ったんじゃ駄目だなと。やっぱり飲んでくださる方たちに合わせなきゃ駄目。そこから、山廃っていう、昔の造りをやって、酒を濃くしたんです。
佐藤 : 農口さんは酒をお飲みにならないんですね。
農口 : こんな盃に一杯飲むと、真っ赤になるんですよ。でも、杜氏として、ブレンドして出荷用に瓶詰めする前には必ず飲みます。やっぱりお客さんはどう感じるかなということは知っておきたい。時代の流れで、労働が違ったり、住む環境が違ったりで酒のニーズがいろいろ変わってくる。日本酒も昔のままやってたら、舌に合わなくなると思うんです。その点、私は杜氏1年目でお客さんに蹴られたから、その時代に合わそう、飲んでくださる人の意見を聞こう、と一生懸命で。今でも試飲の時にはノートを置いて、お客さんにこの酒でいいのか、嫌なところがあったら書いてもらうことにしています。本当に、うまい酒とは何ぞや。一人でも多くの人に喜んでもらおうと思って、そればっかりを頭に置いて造りをしているわけです。
佐藤 : 役者の世界でも、酒飲みじゃないほうが酔った芝居が上手いことがあるんですよ。飲まない人は冷静に酔っ払いを見てるから的確に表現できる。
農口 : (笑)
たどりつかない夢を、追いかける
佐藤 : 杜氏として60年近くやられていますが、まだ何かたどり着けないことがあるんですか?
農口 : あります。夢の、こういうのも造りたいとか。お客さんに褒められて固定して造ってるのもあるけど、それでも新しくチャレンジして、何か珍しいもの、今年はこうしました、と出すのも大事だと思ってます。
佐藤 : 酒造りはチャレンジなんですね。
農口 : 一番難しいのが、原料米は、気候によって、毎年一緒のものが入ってくるわけじゃない。今年の傾向を見るためには、まずタンク5本分ぐらいを、いろいろ手を変えて仕込むんです。北陸は、去年暑かったものですから、米が硬くて水を吸わず麹が作りにくくて、本当に参りました。兵庫の山田錦も難しかった。
佐藤 : 使うのは、地の米ばかりではないんですか。
農口 : そうです。山田錦が一番磨けるので。普通は50%も磨くと米の中心部の心白まで削って崩れてしまうけど、山田錦の心白というのは線状に入っているから、35%まで磨いても砕けない。それで高級酒には山田錦なんです。
佐藤 : そういうことで山田錦って聞き覚えがあるんですね。
農口 : 毎年固定された原料で造らせてくれれば、「ああ、酒造り分かった」と言えるけど、毎年全然違ってくるので。今年の米はどうかと把握するまでの間は、ピリピリしながらです。お客さんにとっては、ラベルが変われば中身が違う。それぞれの好みの銘柄で同じ味が飲めるということで造り手は信用されます。ラベルは同じでも、去年とは全然違う味では信頼は薄まってしまう。だから、米がどう変わっても、品目によって固定された味をちゃんと造り上げていかなきゃならない。
佐藤 : 逆に「今年はこうなったのか」という面白さを毎年楽しみにされている方もいますよね。「去年のほうがよかったな」「俺は今年のほうが好きだな」って楽しむ。
農口 : そうですね。きちっと一緒はなかなかできないですけど、そのラベルごとの特徴をちゃんと出していけば、それが、味わいになりますね。
自分だけの味を造るのが杜氏 若い人は、背中で育てる
佐藤 : 酒造りというのは、杜氏が責任者で頂点ですが、一方で、みんなで造るものでもありますよね。
農口 : はい。杜氏の方針で酒を造るから、若い人たちには杜氏の言ったことをきちっと守ってやってもらわなきゃいけない。品目は杜氏の頭の中にあって、品目が変わると必ず麹づくりも変わる、酵母も違う、米も変えていく。杜氏になるまでは下の人たちはみんな、知識を吸収していくわけです。原料処理からはじめて、酛屋(もとや)、もろみ係、麹、それから頭と。2年ずつかかって、10年でやっと杜氏になれるかなというくらい。10年で吸収できるのはよっぽど頭のいい人。必死に一生懸命やらなきゃできないんです。私が育てたのも10人ほどやっています。杜氏になってからも勉強。それぞれ杜氏になってから自分の味を勉強するわけです。 
佐藤 : 若い人には教えるというより、仕事を見せて吸収してもらうということですか。
農口 : そうですね。杜氏の背中を見て育て、自分のものにしていけ、ということです。私の場合は、方針ははっきりと教えます。でも、やっぱり全部教えられるよりも、杜氏のやっていることをしっかり見て、認識してほしいと思っています。まあ10年一緒に居ると、大体近くまでいけるけど、やっぱり自分が杜氏になってからが勉強なんです。私も杜氏になってからいろんな勉強をしました。麹づくりも、酵母も、乳酸菌も、米も、変える時は変えながら、それで品目を造っていくんです。
佐藤 : 農口さんはよく蔵人たちと一緒にお食事とか時間を過ごされるそうですね。やはりコミュニケーションは大事ですか?
農口 : 大事ですね。下宿にある食堂では、上下差を一切なくそうと思ってやってるんです。仕事にかかるとガッと変わって、やってもらう。言ったことと違ったことをやればガッと言う。だけども、一服している時やご飯を食べている時は全く平等。ここでは好きなことを言って、仕事は切り離して一つ輪になってやってくれということにしているんです。
酒造りは、夢造り。だから、やめられない。
佐藤 : 俳優の仕事っていうのは、本当は人が生きていくには必要がないんですよね。だけど、ある作品を見て「ああ、よかったな」「ああ、俺もそう思う」と、そういうわずかな希望や何かを誰かに感じてもらえたらと思うことで成り立っている商売なんです。
農口 : 心にないものを演ずる、すごいことです。私は戦争中に学校を出たから勉強は何もしてない。無学なんです。ところが、やっぱりこの仕事で、経営者とか先輩方のおかげで、本当にいろんなものを勉強させていただいたなと思っています。何の仕事でも、仕事とは社会のお役に立てることに熱中して、一筋に生きようとすること。本当に自分の志があったら、燃えてやれば、トップになれるんだと若い人たちに言ってきたんです。
佐藤 : 喜びですよね。酒を飲んでうまいと感じているその人の顔を見て、「この酒を造ってよかった」と思われる、そういうことじゃないですか。
農口 : そうそう。やっぱり自分の仕事に対する思いと、それに対する評価をいただければ「ああ、生きててよかった。この仕事をしてよかった」と思える。それが仕事じゃないかと、私は思うんです。
佐藤 : 農口さんは3回引退されて3回復帰されて。やはり現場に立ちたいという想いですよね。
農口 : そうですね。ブランクがあると、頭空っぽで全然動かなくて、あーこれは駄目だということになったんです。仕事に燃えて、一つでもいい、お客さんに喜んでもらうものを造る夢を叶えるのは、人生の生きがいで、結局、長生きの基本じゃないかなという気がして。
佐藤 : 僕も農口さんも勤め人じゃないから、定年がないですよね。家族が「もうお父さん、いいじゃない」と言っても、やっぱり自分自身で進退を決めなきゃいけない。そこに対していい意味で潔くなれないというか、やり尽くしたと思っても「いや、まだできるんじゃないか」と思う気持ちがどうしても自分の中で頭をもたげる、そんな感覚とは違いますか?
農口 : 家内も子どもも、「やめておけ、やめておけ。そんな歳になってからどこいくんだ」というんです(笑)。
佐藤 : でも、まだまだやる気が満々だというお話ですよね。
農口 : もうこの年齢ですから、明日どうなるかも分からない。けれども、やっぱり生きがいを持って、一日でも人の厄介にならんと過ごせれば幸せじゃないかなと自分で思うようになった。
佐藤 : 僕も70過ぎたらやめようと思っているんですけど、その時になったらたぶんやめないんだろうなと。
農口 : 私は酒造りの神様って言葉が大嫌いなんです。神様や仏様というものはあっちに行ってからの話でしょう。今私は、目をギラギラして自分の酒を造ろうと一生懸命になっているんですからね。
農口 尚彦(86歳) / 杜氏
石川県珠洲郡生まれ。酒造りの神とも呼ばれる杜氏であり、現代の名工。吟醸酒ブームを牽引し、山廃仕込みを復活させた。世界に通じる日本酒を追求し、後継者の育成に尽力している。
※年齢は2019年10月現在です