夏のお客さまといえば。。。

毎年、夏が近づいてくると、連れ立ってやって来るのが『台風』です。

気象庁によると、過去30年間(1991~2020年)の平均では、年間で約25個の台風が発生し、約12個の台風が日本から300㎞以内に接近し、約3個が上陸しています。発生・接近・上陸ともに7月から10月にかけてが「ハイシーズン」となっています。

台風といえば「激しい風」が連想されますが、日本で親しまれている諺の1つに「風が吹いたら桶屋が儲かる」があります。これは、ある事象の発生により、一見、全く関係がないと思われる物事に影響が及ぶことの喩えですが、最近、住宅ローンに関してメディアでよく見かけるフレーズとして「インフレになったら繰上げ返済が流行る」があるように思います。今回は、このフレーズについて考えてみます。

住宅ローンは変動金利が主流

ミライ研が2023年1月に実施した1万人(20歳~69歳)を対象とする独自アンケート調査によると、住宅ローンを利用している1,249人に対し「住宅ローンの金利形態」を尋ねたところ、全年代平均では変動金利が約6割を占め、固定金利は3割強、変動と固定の組み合わせが1割弱となっており、「住宅ローンでは変動金利が主流」の構図が確認できました【図表1】。年代別に見ると20代で64.4%、30代で66.3%が変動金利を利用しており、若年層においては3人に2人は変動金利でローンを組んでいることがわかりました。

図表1 住宅ローンの金利形態(変動/固定/変動と固定の組み合わせ)

インフレになると金利は上がる?

2022年度は世界各国でインフレ(物価の上昇)が進行した年でした。コロナ禍からの経済回復で物価上昇が進んでいたところに、ウクライナ侵攻など地勢的要因が加わったためと考えられます。

教科書的には、インフレを放置すると、物価上昇のピッチが加速し経済にダメージを与えるリスクが高まります。こうしたリスクをコントロールするために世界各国の政府や中央銀行は政策金利を引き上げることでインフレの抑制を図ります。

日本においてもエネルギーや食料品などの値上げが相次いでいますので、「次は政策金利引き上げだ。(うちは変動金利のローンなので)すぐに金利も上昇するに相違ない。金利が上昇しないうちに、家計の余裕分を繰上げ返済に回して、借入元本を減らしておくべきだ」との連想は、決して間違いではありません。しかし、「インフレ懸念」から一足飛びに「繰上げ返済」に向かうのは、いささか「風が吹いたら桶屋が儲かる」式に近いかも知れません。

『金利の動き』だけでなく『世帯収入の変動』にも目配りを

上記のような取り組みの背景には、インフレ・金利上昇によって「家計のローン返済負担が重くなる」ことを回避したい、という想いがうかがえます。ただ、「家計の負担」を考える際には、上記の要素だけでなく、「景気動向(景気が拡大しているのか)」「賃金上昇(家計所得は増加しているのか)」も含めて考えることが重要です。

「家計のローン返済の負担感」は、「金利変化」と「年収変化」との相関がポイントになります。具体的に、以下のパターンで考えてみます。

パターンA: ローン金利の上昇 < 家計年収の上昇

パターンB: ローン金利の上昇 > 家計年収の上昇

パターンAのように「ローン金利の上昇」と「家計年収の上昇」がうまくシンクロ(同期)すれば、家計への負担感はあまり大きくなりません。年収の上昇幅によっては「繰り上げ返済」を行う余裕も生じて、借入元本を減らすことも考えられます。しかし、パターンBのように「年収はあがらず、ローン金利は上昇(返済額は増加)」となると、家計の逼迫を招くリスクが高まります。

「インフレ」と「景気動向(拡大・停滞・縮小)」、「景気動向」と「世帯収入の変化(増加・維持・減少)」などローンに関して「家計」における変数は多くあります。教科書的な対応策についても研究しつつ、「自分の世帯で重要な変数は何か?それは今後どう変化するか?」といった、いわば「(自分の)家計における風の吹き方」を考えながら家計の舵取りに取り組んでいくことが、インフレ局面においては重要となってくると考えられます。

案外知られていない変動金利の“変動のしかた”

変動金利は、短期政策金利の動きをベースとして半年ごとに金利の見直しがあります。一般的な元利均等返済では、環境変化で急に短期政策金利が上がったとして5年間は毎月返済額を見直しせず、5年経過後も最大で25%しか上げないというルールがありますので、返済開始当初の家計への影響を抑える形になっています。とはいえ、これは「返済額」についてです。金利が上昇したら金利支払いの負担は原則通り大きくなるのですが、返済額に占める金利支払分の比率を上げることで毎月返済額の変動を抑えるしくみになっています。見方を変えると、元本支払い分の比率が下がることで(当初計画比で)元本返済ピッチが遅くなる、ともいえますので、「金利上昇が家計に及ぼす返済負担アップは限定されてはいるものの、長期的な目線での対応は必要」ということです。

“Make haste slowly.”(ゆっくり急げ)

「風が吹いたから、すぐに桶屋は大繁盛!」ということにならないのと同様に、「インフレになりそうなので、繰上げ返済だ!今でしょ!」ということでもなさそうです。

従来、「家計に余裕ができたら、住宅ローンの繰上げ返済に」はマネープランのセオリーとされてきました。繰り上げ返済は借り入れ元本の返済に充てられますので、本来、支払う予定だった将来の利息を軽減させる効果があることは事実です。一方、住宅ローンは様々なローンの中でも金利水準が相対的に低いローンとなっていることも確かです。加えて、現在、住宅ローン減税の適用を受けている世帯で、適用期間中のメリットをできるだけ享受したいと考えられている場合は、繰り上げ返済をしない方がよいケースも考えられます。インフレ動向を見ながら、景気の拡大動向や今後の(自分の)家計における風の吹き方(働き方や収入などの変化)を考えつつ、当面は低金利が継続する期間においては、「住宅ローンの繰り上げ返済一択」ではなく、今後、医療費や不測の事故、親族の介護などで急にお金が必要になった時などの備えとしての「資金保有」や「資産形成」も選択肢として考えてみることが重要と思われます。

ヨーロッパには、“Make haste slowly.”(ゆっくり急げ)という古い格言があるそうです。現在、住宅ローンを利用されている皆さまにとっては「将来の本格的な金利上昇時に繰上げ返済する余裕を家計にもてるようにマネープランを点検し、取り組みを始めてみること」といった意味合いを含んだ“今日的な格言”ではないでしょうか。

「三井住友トラスト・資産のミライ研究所」は、人生100年時代に適応した資産形成や資産活用に関する調査・研究を中立的な立場で発信することを目的として、2019年に三井住友信託銀行内に設置した組織です。人生100年時代を安心して明るく過ごすために、資産形成・資産活用に関する情報をホームページや書籍を通してお届けしています。

今週の執筆者丸岡 知夫まるおか ともお

三井住友トラスト・資産のミライ研究所 所長
1990年に三井住友信託銀行に入社。確定拠出年金業務部にてDC投資教育、継続教育のコンテンツ作成、セミナー運営に従事。2019年より現職。主な著作として、『安心ミライへの「資産形成」ガイドブックQ&A』(金融財政事情研究会、2020)、『安心ミライへの「金融教育」ガイドブックQ&A』(金融財政事情研究会、2023)がある。

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