公的年金制度については、5年に一度「財政検証」という大規模な“健康診断”が行われます。今年はその財政検証の年であり、財政検証の後には年金制度の法改正が行われる見込みとなっています。現在、様々な改正案が検討されていますが、なかでも「基礎年金の拠出期間5年延長」という案については、巷でよく取り上げられているようです。しかし、新聞報道などでは改正案の内容が国民に正確に伝わっていないように思われます。

そこで、今回はこの改正案について解説してみようと思います。なお、これはまだ改正案にすぎず、決定した内容ではないことをお断りしておきます。

ではまず、改正案の中身に入る前に、現在の仕組みから見てみましょう。現在の仕組みについてよくご存じの方は、「どんな改正案が検討されているの?」から読んでいただいてもかまいません。

現在の仕組み

公的年金には、国民年金と厚生年金保険という2つの制度があります。20歳~59歳の方は、働き方や暮らし方によらず皆さんが国民年金に加入しています。さらに、会社員や公務員等、雇われて働いている方々は、基本的には厚生年金保険にも加入しています。図にするとこんな感じです。「第1号被保険者」の方は、国民年金のみに加入し、「第2号被保険者」の方は、国民年金と厚生年金保険の両方に加入しているというのがポイントです。なお、よく「第3号被保険者」=「専業主婦(夫)」といった説明を耳にするかもしれませんが、実は、「第1号被保険者の配偶者であって、専業主婦(夫)である」という方は「第3号被保険者」ではなく「第1号被保険者」になります。ですので、下の図では「第3号被保険者」の説明をより正確に「第2号被保険者の被扶養配偶者」って書いています。ちょっとした豆知識です。

加入する公的年金制度のイメージ図

(出所)国民年金法・厚生年金保険法をもとに三井住友トラスト・資産のミライ研究所作成

どんな保険料をいくら支払うの?

では、どんな保険料をいくら支払うのでしょうか?

第1号被保険者の方は、毎月「国民年金保険料」をご自身で支払います。2024年度(2024年4月~2025年3月)は月額16,980円です。基本的には17,000円くらいなのですが、2023年度は月額16,520円でした。毎年度、世間の賃金水準に応じて変動します。

一方で、第2号被保険者の方は、「国民年金保険料」は支払いません。毎月「厚生年金保険料」として、お給料やボーナスの18.3%相当を支払います。ただし、「厚生年金保険料」の半分は会社が負担してくれますので、自己負担は9.15%相当です。また、ご自身の負担分(9.15%相当)は給与天引きとなり、会社が会社負担分の9.15%相当とまとめて納めてくれています。なお、給与水準によって金額の高さが違うのをなんとなく表すために、図では高さを一定にせず斜めにしてあります。

なお、第3号被保険者の方は、毎月の保険料を負担しません。第3号被保険者の配偶者は第2号被保険者ですので、世帯としては負担済みと考えるのです。

支払う保険料のイメージ図

(出所)国民年金法・厚生年金保険法をもとに三井住友トラスト・資産のミライ研究所作成

どんな給付を受け取れるの?

では、どんな給付を受け取れるのでしょうか?

まず、国民年金に加入していた方は、基礎年金が受け取れます。つまり、第1号~第3号被保険者で共通して、基礎年金が受け取れます。20歳から59歳までの40年間、ずっと保険料を支払っていた場合に、老後に(65歳から死ぬまで)受け取れる年金額は、2024年度でいえば年額816,000円(月額68,000円)です。保険料を支払っていた期間が40年よりも短い場合は、支払っていなかった期間に応じて金額が少なくなります。

なお、物価や世間の賃金水準に合わせて毎年度調整があるほか、現役世代の人数や長寿化も加味して金額が決まります。2023年度であれば、上記の金額は年額795,000円(月額66,250円)でしたので、2024年度のほうが増えていますね。これは、インフレに対応する形で年金額が増えたものです。

受け取れる主な給付のイメージ図

(出所)国民年金法・厚生年金保険法をもとに三井住友トラスト・資産のミライ研究所作成

さらに、厚生年金保険にも加入していた場合は、厚生年金も受け取れます。老後に(65歳から死ぬまで)受け取れる厚生年金の金額は、基本的には現役時代に支払った厚生年金保険料に比例しますので、図も厚生年金保険料と同じ形にしてあります。つまり、給与水準に応じた金額になるということです。

なお、第3号被保険者の方は、毎月の保険料を負担していませんでしたが、これは“世帯として”負担済みと考えたからでした。そのため、もし離婚したら、世帯として受け取っていた「厚生年金1人分+基礎年金2人分」は2人に分割され、「厚生年金0.5人分+基礎年金1人分」を各人が受け取るようになります。こちらも、ちょっとした豆知識です。

どんな改正案が検討されているの?

さて、「基礎年金の拠出期間5年延長」という改正案は、どのようなものなのでしょうか。

この改正案の目的は、60歳~64歳の5年間に働いた分も基礎年金の受取額に反映されるようにして、年金受取額を年間約10万円増額することです。その詳細をご説明しましょう。今の制度では20歳~59歳の40年間の保険料に対して年金額が月額68,000円でした。20歳~64歳の45年間の保険料に対する年金額を考えるので、45/40倍の76,500円になるということです。実に12.5%アップです。月額8,500円の増額ですので、年間では102,000円アップになります。第1号~第3号被保険者のいずれの分類であっても基礎年金は受け取れますので、第1号~第3号被保険者のいずれも改正案の対象です。

<改正案の概要>

改正案の概要イメージ図

(出所)厚生労働省第8回社会保障審議会年金部会(2023年10月24日)資料2をもとに当社作成

でも、保険料を5年多く支払うようになるのは、第1号被保険者のうち保険料を支払える方だけです。第1号被保険者は、64歳まで保険料を5年多く支払えば、それに比例して受取額がアップします。60歳以降働いていない方もいらっしゃいますが、その場合は、保険料納付の免除の仕組みもありますので、全員が保険料を追加負担しなければならないわけではありません(その代わり、保険料免除の場合は受取額が12.5%アップにはなりません。)。

一方で、第2号被保険者は、この改正案でも支払う保険料は全く変わらず、受取額だけが増えることになります。これは一体どういうことでしょうか。最近は60歳以降も働く人が増えていますが、第2号被保険者の場合、現在も60歳以降も働くと厚生年金保険料を支払っています。しかし、実はその保険料支払いが年金額に反映されるのは厚生年金の受取額だけで、基礎年金の受取額にはきちんと反映されていません。これは、基礎年金の金額の決まり方が第1号被保険者と共通の仕組みであるために、第1号被保険者の保険料納付期間である59歳までの40年間で決まる算定式になっているからです。この改正をすれば、60歳~64歳の間に支払う厚生年金保険料は、厚生年金の受取額だけでなく基礎年金の受取額にもしっかり反映されるようになるのです。

なお、第3号被保険者については、第2号被保険者が世帯代表として厚生年金保険料を支払っていますので、追加の負担なく基礎年金がアップします。

まとめ

このように、60歳~64歳の間に働いて保険料を納めればその分きちんと年金額に反映できるように、この改正案が検討されているわけです。内閣府の「生活設計と年金に関する世論調査」(※外部サイトへ遷移します。)によれば、60歳を超えて仕事をしたい人・した人が全体の7割を超えています。逆に言えば、60歳以降は働かないという人も3割弱はいらっしゃるわけですが、保険料が支払えない場合には保険料免除の仕組みもありますので、収入のない人まで保険料負担を強いられるものではありません。「国民年金保険料納付期間が5年延長になる」との新聞報道だけでは「後ろ向き」に感じられていた方もいらっしゃったかもしれませんが、実のところ受取額の増える改正であり、むしろそのことのほうがこの改正案の本質です。60歳以降も働いて保険料を支払う方にとっては、今の制度のままのほうが不完全とも思えます。長く働けばその分年金の受取額が増える「前向き」な改正と捉えるのがよいのではないでしょうか。

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「三井住友トラスト・資産のミライ研究所」は、人生100年時代に適応した資産形成や資産活用に関する調査・研究を中立的な立場で発信することを目的として、2019年に三井住友信託銀行内に設置した組織です。人生100年時代を安心して明るく過ごすために、資産形成・資産活用に関する情報をホームページや書籍を通してお届けしています。

今週の執筆者杉浦 章友すぎうら あきとも

三井住友トラスト・資産のミライ研究所 主任研究員
2010年に京都大学大学院理学研究科修士課程修了後、三井住友信託銀行に入社。年金信託部・年金コンサルティング部・年金業務推進部にて、企業年金の制度設計、数理計算業務、年金ALM業務、年金に関する調査・研究・情報発信活動などに従事。2020年7月~2022年3月には厚生労働省へ出向し、年金に関する公務を行っていた。2022年10月より三井住友トラスト・資産のミライ研究所主任研究員。年金数理人、日本アクチュアリー会正会員、日本証券アナリスト協会認定アナリスト、1級DCプランナー(企業年金総合プランナー)、AFP。翻訳書として『図表でみる世界の年金OECD/G20インディケータ(2019年版)』(明石書店、2021年、岡部史哉(監修)らとの共訳)がある。

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