「リスク回避の円高?ドル高?」

2020年3月27日

「リスク回避の円高?ドル高?」

世界保健機関(WHO)は3月11日に、ついに「新型コロナウイルスはパンデミック(世界的な大流行)となった」と宣言しました――。

世界経済の悪化懸念が高まり、いわゆる「リスク回避の動き」から株式市場は大幅に下落していますが、為替相場は「リスク回避の円高」ではなく、「ドル高」になっています。「リスク回避のドル高」は今後も継続するのか、背景を探ってみたいと思います。

終わりの見えない感染拡大

WHOは新型コロナウイルスの最初の報告書で、1月20日時点の感染者数は4ヵ国282人と発表しましたが、3月11日のパンデミック宣言時には113ヵ国11万8319人へ増加していました。世界的に人の動きが大幅に制限され、消費・投資の意欲が後退、世界経済の大幅な落ち込みへの警戒感が高まっています。

図1は、新型コロナウイルスの感染者数(累計)の推移を、2003年のSARSと比較したものです。新型コロナウイルスの感染者数は、中国とそれ以外に分けて表示しています。

(図1)コロナウイルス感染者数の推移(単位:人)
(新型 vs SARS)

(図1)

(出所:WHOのデータより作成 )

SARSは、2002年11月に発生し8か月後に終息宣言が出されました。SARSはパンデミックではなく一部地域にとどまっているため、新型コロナウイルスとは単純に比較できませんが、感染者数の増加ペースが鈍化して、横ばい傾向になってしばらくしてから、終息宣言が出されています。新型コロナウイルスの感染者数の増加ペースは、中国ではしっかりと鈍化していますが、中国以外の地域で加速しており、終わりがまったく見えない状況です。

経済悪化懸念からリスク回避の動きが顕著に

いつパンデミックが終息するか見えない中で、経済の先行きへの不安感から消費・投資への意欲は急激に減退しており、世界経済がどこまで悪化するのか、専門家でも自信を持って予測することは難しい状況です。そのため、市場参加者は世界経済の悪化に備えて防衛的な行動をとっており、いわゆる「リスク回避」の動きが続いています。

図2は、1月20日以降のドル円レートと米国株のS&P500株価指数の推移を比較したものです(参考として、ドル対スイスフランのレートも表示しています)。

(図2)ドル円レートと米国株

(図2)

(出所:Bloombergのデータより作成 )

2月24日にイタリアやイランで感染者数が急増したことが確認されると、それまで安定して推移していた米国株が下落し始め、同時にドル円レートも下落しました。「株安・円高」という、典型的な「リスク回避」の動きでした。

しかし、3月11日にパンデミック宣言が出されたころから、株安は続いているものの、ドル円レートは反発に転じ、「株安・円安」になっています。もっと正確に言えば、「株安・ドル高」です。参考として表示したドル対スイスフランのレートがドル円レートと同じように動いており、このことから、円が単独で売られているのではなく、ドルが集中して買われていることがわかります。

「リスク回避のドル高」の背景

株価下落局面でなぜドルが買われているのでしょうか。それは、企業や金融機関が「ドル資金をできるだけ多く手元に確保しておきたい」という気持ちを持っているからだ、と筆者は考えます。

世界経済が底知れぬ悪化へ向かっているという恐怖を前に、企業が売上の減少から資金繰りの悪化を警戒し、即座に支払いに回せる資金を手厚くしたいと思うのは当然です。中でも、貿易取引においてはドルで決済される割合が大きいため、ドル資金への需要は他の通貨よりも高くなります(例えば、2019年7-12月の日本の輸入の67.4%がドル建てでした)。

特に日本の企業の多くは3月末に決算を控えているため、各種の支払いに備えてドル資金の確保を急いでいると思われます。また、2008年のリーマン・ショックの時に資金の流れが枯渇した経験があることも、ドル確保への強い動機となっていると推測できます。

このようなドル資金需要に対し、中央銀行である日銀はどのような対応ができるでしょうか。円資金であれば日銀が無制限に供給可能ですが、ドル資金を無制限に供給できるのはFRBだけです。そこで、FRBと日銀はドル資金と自国通貨等を交換する、「通貨スワップ協定」を結んでいます。日銀はFRBからドルを調達して、オペレーションで日本の金融機関にドル資金を供給することができます(ドル資金供給オペ)。

FRBと日銀などの各国中央銀行は、3月15日と20日にドル資金供給を拡充する協調行動を発表しました。日銀はドル資金供給オペを3月23日から、少なくとも4月末まで毎営業日実施し、適格担保の範囲内で金額に制限なくドル資金が供給されます。

決算期末が明けて4月に入ると日本の企業のドル資金需要が一服し、「リスク回避のドル高」から再び「リスク回避の円高」へ戻る可能性もあるため、株価と為替レートの動きと背景にある材料を注意深く見ておく必要があります。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

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