「日本の旅行収支の状況と経常収支・為替動向」

2020年11月24日

「日本の旅行収支の状況と経常収支・為替動向」

「インバウンド消費が急減し、日本の対外収支はどうなっているのか」――。

11月に入り山々が色づいてきたことから、先日、1年半ぶりに高尾山へ行ってきました。前回訪問時、登山道は外国人旅行客で溢れていましたが、今回はほとんど見当たりませんでした。全国の観光地でも同様だと思います。

インバウンド消費は消失したが、日本人の海外旅行も急減

日本政府は2016年3月に、「2020年に訪日外国人観光客数4000万人」との目標を決定しましたが、皮肉にもその2020年に新型コロナウイルス感染拡大で訪日外国人数は急減し、1~9月の累計は397万人と前年同期と比べて約84%減少しています。1~3月の訪日外国人が合わせて394万人でしたので、4~9月の6カ月間合計は3万人にとどまった計算です。

4月以降、インバウンド消費がほぼ消失したような状況ですが、海外旅行ができないのは日本人も同じです。日本人による海外旅行での消費も無くなりましたので、インバウンド消費が消えた分は、ある程度相殺されています。

図1は、訪日外国人数・出国日本人数ならびに日本の旅行収支の推移を示したグラフです。

(図1)訪日外客・出国日本人数と旅行収支

(図1)

(出所:Bloomberg・INDB-Accelのデータより作成)

訪日外国人数は2015年に出国日本人数を上回り、2019年7月に月別で最多の299万人を記録しましたが、今年の2月以降、急減しています。急減の動きは出国日本人数も同様です。

旅行収支とは、訪日外国人の日本での消費から、日本人旅行者の海外での消費を差し引いたものです。外国人旅行客が日本国内で宿泊・飲食・買い物などで消費を増やすと、日本が海外から得る「収入」が増えることになります。

2014年以前は、日本人旅行者が海外で消費する金額の方が多く、日本の旅行収支は赤字が続いていましたが、2015年以降はそれまでのビジット・ジャパン・キャペーンの効果もあり黒字に転換しました。コロナ・ショック後の旅行収支はゼロに近い水準へ縮小していますが(統計は推計値のため、多少の誤差はあります)、日本人の海外旅行も無くなったため、赤字幅が拡大するような状況にはなっていません。

日本の経常収支全体から見ると旅行収支は小さい

インバウンド消費が消失した現状を日本全体の対外収支の観点で確認してみましょう。

図2は、日本の経常収支とその主な内訳、および日本円の実効為替指数の推移を示したものです。経常収支とその内訳は、12カ月移動合計で表示しています。連続した12カ月の合計を1カ月ずつずらし、動きの傾向を見えやすくしています。

経常収支の内訳として旅行収支を表示していますが、直近の12カ月において、旅行収支が経常収支に占める割合は7%ほどです。旅行収支が赤字になると経常収支黒字を圧迫する可能性がありますが、旅行収支がゼロ近傍であれば、「日本の経常収支黒字が縮小して円安になる」といった思惑は出にくいでしょう。

(図2)日本の経常収支と日本円の実効為替指数

(図2)

(出所:INDB-Accel・Bloombergのデータより作成)

ここで念のため、経常収支について簡単に説明しておきます。日本が海外から得る収入と海外へ支払う支出との差を「経常収支」と言います。経常収支は、貿易収支(商品の輸出から輸入を差し引いたもの)、サービス収支(サービスの対価の受取から支払を差し引いたもの)、第一次所得収支(対外投資の収益の受取から対内投資の収益の支払を差し引いたもの)に分かれます。なお、厳密には第二次所得収支もあり、これは無償援助の収支を示しますが、日本では金額が小さいため図2では割愛しています。

日本の経常収支の黒字は、2000年代半ばまでは貿易黒字の比率が大きかったですが、現在では所得収支の黒字が大半を占めており、海外投資の収益が経常黒字を支えています。海外投資には、子会社を設立して生産活動を行う直接投資や、海外の債券や株式を購入する証券投資などがあり、投資で得られた配当や利子が所得収支となります。

経常収支黒字が縮小し始めても、しばらくは円高の可能性

ところで、図2には日本円の実効為替指数の推移も表示しています。通常、為替レートは、米ドル対日本円や、ユーロ対米ドルなど、2通貨間のレートですが、ある通貨がさまざまな通貨全体に対して強いか弱いかを測るために、実効為替指数が用いられます。つまり、日本円と複数通貨のバスケットを比較した指数です。

図2の日本円の実効為替指数と経常収支の動きを比較すると、経常収支がピークをつけてしばらく(1年~1年半程度)は円高傾向が続いている局面が見られます。為替相場はさまざまな要因で変動するため、実効為替指数と経常収支がきれい連動して動いているわけではありませんが、2017年に経常収支がピークをつけ、その後、今年年初にも小さなピークをつけており、米ドルやユーロなどで構成されるバスケットに対し、やや円高の傾向が続く可能性を見ておきたいと思います。ただし、2011~14年のように、日本の経常収支黒字が急速に縮小すると円安に振れる事態もあり得るので、貿易・サービス収支(旅行収支を含む)や投資収益の動向など、今後も折を見て情報発信して参ります。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

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