第21回「黒田日銀を振り返る」

2021年2月22日

「黒田日銀を振り返る」

「2年で2%」――。

2013年4月5日、日銀が「量的・質的金融緩和」を導入した際に表明した、「消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」との目標は、このような標語で人々に認識されています。

建て増しされる金融政策

2013年3月20日に黒田東彦氏が日銀総裁に就任してからもうすぐ8年になります。就任直後の同年4月4日に導入された「量的・質的金融緩和」は、これまでの金融緩和とは量・質ともに次元が異なるとして「異次元緩和」とも呼ばれます。

操作目標を無担保コールレートからマネタリーベースへ変更(年60~70兆円のペースで増加)、国債購入の拡大、ETF・J-REITの買入拡大など、「現時点で必要な措置はすべて決定した」と黒田総裁が発言するように、「ギアチェンジされた」と感じるものでした。

しかし、2016年1月29日、海外経済の先行き不透明感や原油価格の下落を受けて、「量的・質的金融緩和」に「マイナス金利」を追加しました。民間銀行が日銀へ預けている当座預金(日銀当預)の一部に-0.1%のマイナス金利を付与するというものです。すべての日銀当預にマイナス金利を課すと副作用が大きいということで、3層構造で+0.1%/0%/-0.1%の3つの金利が適用されています。2021年1月時点で、マイナス金利が適用されている日銀当預は全体の7%です。

(図表1)黒田日銀の金融政策推移

(図表1)

マイナス金利導入時点で、物価安定の目標(消費者物価上昇率2%)を達成できないまま、2年9カ月が経過していましたが、その後も物価安定の目標は達成されないまま、マイナス金利が長期金利の過度の低下をもたらしたことで、金融機能の持続性に対する不安感や人々のマインド低下が懸念されるようになりました。

そこで2019年9月21日に、2度目の「建て増し」が行われました。それが「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」です。図表1にあるように、10年金利(10年国債利回り)が概ね0%程度で推移するように国債を買い入れるという方針が追加されました。

マイナス金利は日銀当預に付与され短期金利をコントロールするものですので、これに長期金利のコントロールが追加されたので、「長短金利操作」となりました。

同時に「オーバーシュート型コミットメント」として、「消費者物価上昇率が安定的に2%を超えるまでマネタリーベース拡大方針を継続する」との方針が導入されています。マネタリーベースとは、中央銀行が供給するマネーで、銀行券(紙幣)と当座預金の合計です。平たくいえば、「日銀は自身の総資産残高(バランスシート)を拡大し続けますよ」ということです。

この説明で日銀が何をしているのかが理解できればかなり金融リテラシーが高いといえます。「2年で2%」は非常にわかりやすいメッセージで、多くの人の記憶に残っていると思いますが、建て増し続きで複雑化した現状の政策を世の中で広く理解されるのは難しいでしょう。日銀からのメッセージは伝わりにくくなっています。

経済の状況を振り返る

一方で、経済の状況はどのように変化したでしょうか。

(図表2)主要経済データの2012・13年と2019・20年の比較

(図表2)

(出所:総務省統計局・厚生労働省・内閣府・日銀・財務省・INDB-Accelのデータより作成)

図表2は、黒田日銀発足前後の2012・13年と、最近の2019・20年の主要データを比較したものです。赤でハイライトした部分は、2012・13年よりも明らかに拡大した数字を示しています(失業率は低下)。

物価や賃金の上昇率や実質GDP成長率はあまり変化がないか、むしろ下がっています。2020年は新型コロナウイルス感染拡大で大きく下押しされているので、2020年に注目するは不公平ですが、2019年の数字も芳しくありません。

名目GDPはそれなりに増加していますが、2015年9月に安倍首相(当時)が打ち出した「2020年に名目GDPを600兆円に」との目標は達成できていません。

一方で、日銀の資産総額は2012年末から2020年末までに4.4倍と、顕著に増加しています。量的・質的金融緩和の結果として日銀の資産は膨張しましたが、経済成長や物価上昇までは届いていません。

これまでの金融政策がすべて間違いだったわけではないでしょうが、「日本病」ともいわれるこの経済停滞に対する処方箋は未だに霧の中です。

3月の政策点検に注目

物価安定の目標が達成できないまま、黒田日銀が発足して8年が近づいています。日銀は3月18~19日に開催する金融政策決定会合で「物価上昇2%を実現するためのより効果的で持続的な金融緩和の点検」を公表する予定です。

2016年9月に「長短金利操作」が追加された際にも、「総括的な検証」が実施されているため、今回の「点検」でも同時に何らかの政策変更があるのではないかとの観測が出ています。専門家からは「長期金利の変動許容幅を広くする」、「ETFの購入によりメリハリをつける」などの予想が聞かれます。「国債購入を積極化すべき」との意見もあります。

2月16日に黒田総裁は「長短金利操作やマイナス金利を見直す考えはない」と発言しています。一方で、自身の任期である「2023年でも物価上昇2%に達するのは難しい」とも述べています。

「政策点検」にともない、現行政策に変更・修正が加えられる可能性は高いでしょう。何もしないのに点検のみというのは、金融市場を不安定化させる懸念があります。筆者としては、コロナ禍で経済が下押しされているなか、金融緩和を縮小するようなことは考えられず、長期金利の変動許容幅の拡大など、金融調節の幅が拡大するような変更を予想しています。

しかし、金融市場の受け止め方は公表時の経済・市場の状況にもよるため、3月の日銀の政策点検で市場が急変動する可能性があります。足下の株高・円安がこのまま続くかどうかも含め、日銀の政策点検に注目しておきましょう。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

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