第24回「米国の雇用・賃金状況とインフレ」

2021年5月31日

「米国の雇用・賃金状況とインフレ」

「インフレ上昇の鍵は賃金」――。

4月28日に発信した「第23回 知るほどなるほどマーケット」において、インフレ上昇にはモノの価格上昇よりも賃金上昇率が重要だと述べました。そこで今回は、米国の雇用・賃金の状況がインフレ上昇につながっていくかどうか、データを確認していきます。

米国の雇用はコロナ前よりも800万人超少ない

2020年3月、新型コロナウイルス感染拡大を受けて米国で非常事態が宣言されました。その3月と翌4月の2カ月間で米国の雇用者数は2,236万人減少し、実に、それまでの10年間で増やしてきた雇用を一瞬で失いました(図1参照)。

(図1)米国非農業雇用者数(千人)

(図1)

(出所:Bloombergのデータより作成)

米雇用者数は2020年4月をボトムに回復傾向にありますが、2021年4月時点で、コロナ前の2020年2月と比して約820万人もの雇用が失われたままとなっています。感染拡大によって失われた雇用の約37%がまだ回復していない計算になります。

失われた雇用の業種別の状況

では、約820万人の失われた雇用の業種別内訳はどうなっているでしょうか。

図2の棒グラフが、2020年3月~2021年4月の間の業種別の雇用者数増減を示しています。雇用減少が最も多いのが、285万人ほど減少しているレジャー・宿泊業です。雇用減少全体の約3分の1を占めています。

(図2)米国の業種別雇用者数増減と賃金水準

(図2)

(出所:Bloombergのデータより作成)

新型コロナウイルスの感染拡大では、主に人との対面が必要となるサービス業が打撃を受けたことで、レジャー・宿泊業の回復に遅れが目立っていると考えられます(また、図2から、レジャー・宿泊業は平均賃金が低い業種であることもわかります)。

このように低賃金の雇用が失われたことに対し、米政府は失業保険の給付期間延長や給付金上乗せなどの支援策を実施しています。そのため、失われた雇用はまだすべてが回復したわけではありませんが、政府の対策に支援されるなかで、ワクチン接種が進んだことで、米国の経済成長は加速し始めています。

人手不足と失業保険上乗せ

米国では、経済活動の再開ともに人手不足が指摘されています。一部の製造業では、人手不足のために生産活動が停滞しているとの報道もあります。こうした人手不足の声を理由に、賃金上昇が基調的なインフレ上昇へと波及し、金融緩和縮小が前倒しされるとの見方につながっています。

失われた雇用が未だ回復途上にある状況下での人手不足の背景として、求人側と求職側のスキルのミスマッチのほか、コロナ対策で導入されている失業保険手当の上乗せが雇用者の就職意欲をそいでいるとの指摘もあります。現在、失業保険には週300ドルの上乗せ手当が給付されており、特に低賃金の業種では働くよりも実入りが良い場合もあるでしょう。

しかし、この失業保険手当の上乗せは2021年9月6日に終了する予定です。また、共和党の州知事21人が6月にも上乗せを早期終了させる方向です。これにより人手不足が解消すれば、インフレ上昇懸念は後退する可能性があります。

米国の失業率とインフレ率の関係

図3は、1990年以降の失業率・賃金上昇率・インフレ率の推移を示したものです。インフレ率は、PCEコア(個人消費支出、除く食品・エネルギー)デフレータの前年同月比の上昇率としています。また、青色の逆三角形の印は失業率の底入れを示します。

青三角の時点を見ると、賃金こそ4%前後まで上昇したもののインフレ率は2%前後にとどまっています。

(図3)米国の失業率・賃金上昇率とインフレ率

(図3)

(出所:Bloombergのデータより作成)

コロナ・ショックによって経済指標は突出した動きになっているため、過去と比較して分析するのが難しくなっていますが、経済が正常化するなかで、ショック前の状況に戻るのか、それともショックによって構造変化が起こっているのか、しっかりと見極めることが重要です。

賃金上昇率は低賃金雇用の増減が激しかったために歪んだ動きになっていますが、失われた雇用が依然残るなか、失業保険上乗せ終了で職への復帰増加が期待できることを考慮すると、失業率が低下してもインフレ率が押し上がるのは2%前後で、インフレ懸念が台頭する可能性は低いのではないしょうか。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

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