第27回「外為市場の焦点は米利上げ」

2021年12月2日

「11月中旬よりテーパリングを開始」――。

11月3日のFOMCで、2020年3月から再開していた資産購入の縮小(テーパリング)が決定されました。これに対する外為市場の反応は限定的でした。なぜなら、テーパリング開始は事前に予想されており、サプライズではなかったからです。市場は常に先読みしながら動きます。今の外為市場は「米利上げ」が最大の先読み材料となっています。

米利上げの条件

FRBの「二つの責務(デュアル・マンデート)」をご存じの方も多いと思いますが、「二つの責務」は金融政策の目的である「最大雇用」と「物価安定」を指します。これに関連して、2020年8月に重要な変更が行われました。「平均インフレ目標」という新戦略の導入です。

「平均インフレ目標」とは、インフレがFRBの目標の2%を下回った後、しばらくの間は2%を超える緩やかなインフレを達成することを目指すものです。これを受けて2020年9月に、「労働市場が最大雇用と評価できる水準となり、インフレ率が2%に上昇し当面2%をやや超えるような軌道に乗るまで、FF金利の誘導レンジ0~0.25%を維持する」というフォワードガイダンスが設定されました。これが、FRBが利上げに踏み切る条件です。

では、米国の「雇用」と「物価」の状況について確認してみましょう。図1は米国のインフレ率と失業率の推移を示したものです。失業率については、上に行くほど低下、すなわち雇用が改善するように逆目盛で表示しています。直近データは失業率が10月まで、PCEコアデフレーターは9月までです。

(図1)米政策金利とインフレ率・失業率

(図1)

(出所:Bloombergのデータより作成)

近年、PCEコアデフレーターの上昇率はFRBの目標である2%を下回る期間がほとんどでしたが、今年に入り、エネルギー価格の上昇、パンデミックからの経済活動再開、半導体不足などによる自動車供給不足などを背景に2%を大幅に上回っています。

失業率はパンデミックで2020年4月に14.8%まで悪化していましたが、大幅に改善しています。しかし、パンデミック前の2020年2月の3.5%にはまだ届いていません。

これらの状況は、「労働市場が最大雇用と評価できる水準となり、インフレ率が2%に上昇し当面2%をやや超えるような軌道に乗る」という利上げの条件にどこまで近づいているのでしょうか。

インフレ率の評価

まずインフレ率について考えてみましょう。

「インフレ率が2%に上昇し当面2%をやや超えるような軌道に乗る」という利上げ条件の前半は達成していることは明らかです。問題は後半の条件です。

このフォワードガイダンスを導入した直後にクラリダFRB副議長は「2%のインフレが1四半期達成してそれで良しとする短期間ではない」と発言していますが、既に半年以上が経過しています。パウエルFRB議長は足もとのインフレ率の大幅上昇を「一時的」と繰り返していますが、一時的かどうかを判断できるのはいつなのでしょうか。

筆者が注目しているタイミングは来年4月です。PCEコアデフレーターの前年同月比が2%を上回ったのは今年4月でした。昨年4月にWTI原油先物価格がマイナスになったことに象徴されるように、前年の物価下落の反動が今年4月に現れたのです。この反動の影響は来年4月には無くなります。

インフレに関しては利上げ条件をかなり満たしてきていますが、パンデミックの「雑音」が無くなってから、実力の物価上昇率を確認する必要があるでしょう。

雇用の状況の評価

次に雇用についてですが、現状が「最大雇用」かどうか、と問われれば、「否」と答えざるをえません。図1にあるように、失業率はパンデミック前の水準まで改善していませんが、2015年12月に利上げした時点よりは低い水準にあるので、利上げしても問題無いように見えます。

しかし、雇用の状況を別の角度から見ると、「最大雇用」にはまだ届いていないことがわかります。図2は、雇用統計で注目の高い非農業雇用者数の推移を示したものです。雇用統計では雇用者数の前月からの増減が雇用の強弱判断材料として注目されていますが、図2では雇用者数の水準を表示しています。

(図2)米雇用者数と労働参加率

(図2)

(出所:Bloombergのデータより作成)

今年10月の雇用者数はパンデミック前の昨年2月よりも420万人低い水準にあります。パンデミックで瞬間的に失われた雇用は2236万人でしたので、そのうちの約2割の雇用はまだ回復していないわけです。

図2には、労働参加率の推移も表示しています。労働参加率は、16歳以上の人口に対する、労働市場に参加している人数、つまり、就業者と失業者の合計の比率です。パンデミックで労働参加率は急低下しており、16歳以上で就業者でも失業者でもない人が増えています。労働市場に人が戻ってこない理由としては、新型コロナウイルスワクチンの接種義務を嫌がる、感染を警戒して働かない、などが指摘されています。

FRBは昨年の「平均インフレ目標」導入時、「最大雇用」について、「広範かつ包括的な目標である」と強調し、政策決定の際には「最大レベルからの雇用不足」を評価すると表明しました。

来年7月に利上げに踏み切ると予想する市場参加者が増えており、外為市場でも米ドルに上昇圧力がかかっていますが、「最大雇用」の達成には失われた雇用の回復が必要です。雇用統計の雇用者数の増加ペースの重要性が一段と増しています。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
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