「黒田日銀の9年間を振り返る」

2022年4月21日

「黒田日銀総裁任期満了まで残り1年」――。

2013年4月4日に「量的・質的金融緩和(異次元緩和)」が導入され9年が経過しました。導入時、「消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現する」としていましたが、異次元緩和は当初よりも「建て増し」で緩和拡大されてきた一方で、物価安定の目標は未だ達成されていません。そんななか、黒田総裁の任期満了まで1年を切っています。

日銀バランスシートは4.5倍に

日銀総裁の任期は5年間と定められていますが再任可能で、現総裁である黒田東彦氏は2013年3月20日に総裁に就任、2回再任されて2023年4月8日に任期満了の予定です。就任日と任期満了日にズレがあるのは、任期途中で退任した前総裁の残りの任期を引き継ぐ形で就任したためです。

さて、黒田総裁が導入した異次元緩和の9年間で金融状況はどのように変化したでしょうか。図1は異次元緩和導入直前の2013年3月を基準時点として、日銀の総資産残高と日本円の実質実効為替指数・株価・長期金利の推移を示したものです。グラフは月次データ(月末値)で作成し、直近値は2022年3月末となっています。

日銀の総資産残高はバランスシート(貸借対照表)の大きさを表し、これにより量的緩和の規模を読み取ることができます。

また、実質実効為替指数は日本円の貿易相手国の通貨に対する強弱を計測したもので、通貨としての実力を示しています。図1の実質実効為替指数は国際決済銀行(BIS)が算出したデータを使用し、米ドル・ユーロ・英ポンドなど複数の先進国通貨を盛り込んだバスケットに対する日本円の強弱が示されています。

(図1)黒田日銀下の金融データ変化 (出所:Datastreamのデータより作成)

異次元緩和は前述したとおり「建て増し」され、現在は「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」となっていますが、マネタリーベース拡大方針は継続しているため、日銀の総資産残高は異次元緩和導入直前の約4.5倍に膨張しています。なお、マネタリーベースとは、日銀が市中に直接的に供給するお金で、世の中に出回っている現金と日銀当座預金(金融機関等が日銀に預けている預金)を指します。マネタリーベースは日銀のバランスシートの大部分を占めているため、バランスシート規模で量的緩和の状況を確認することができます。

長期金利は異次元緩和直前に0.55%だったものが、2016年1月のマイナス金利導入後に一時-0.30%まで低下しましたが、同年9月の長短金利操作導入以降は0%近傍で推移しています。異次元緩和前からは0.4%ポイントほど低い水準となっています。

異次元緩和では指数連動型上場投資信託(ETF)等の購入も盛り込まれており、量的緩和と相まって、東証株価指数は約1.9倍の上昇となっています。必ずしも日銀のバランスシートの拡大と同じペースで株価が上昇するわけではありませんが、ちなみに米国ではFRBのバランスシートが2020年2月のパンデミック直前に対し約2.1倍拡大している一方で、S&P500株価指数は1.4倍上昇しています。

為替レートについては、日本の国内要因だけでなく海外の事情も反映して動くため、異次元緩和の影響を判断するには注意が必要ですが、日本円の実力は異次元緩和前よりも20%程度弱くなりました。

以上のことから、異次元緩和の9年間は、量的緩和の規模の拡大が目立つものの、長期金利を低位で安定させ、株価上昇・円安といった間接的な経路でも景気・物価を押し上げる方向に働きかけることができたといえるでしょう。

景気・物価の変化は鈍い

しかし、問題は経済の面の変化です。図2は全国消費者物価指数(CPI)と実質GDPを、2013年3月(GDPは1-3月期)を100として指数化したものです。2020年のパンデミックでGDP・CPIが下振れたのは金融政策では対処できないものでしたが、9年間全体としての動きを見ると、異次元緩和はなかなか景気・物価に効果を及ぼせていないようです。

(図2)黒田日銀下の経済データ変化 (出所:Bloombergのデータより作成)

特に消費者物価については、2014年4月の消費税率引き上げ以降、8年間で2.5%しか上昇していません。図2の全国CPIの近似線の傾きを見ると、横軸1目盛が1年ですので、2%の「物価安定の目標」を安定的に持続するにはほど遠い状況です。確かに、2021年4月の携帯電話通信料引き下げの影響を除くと、足もとでは物価上昇率は多少押し上がっていますが、その持続性は不透明です。

実質GDPも、パンデミックで落ち込んだ後の回復は遅れており、既にパンデミック前を上回っている米国との差は顕著です。とはいえ、異次元緩和の効果が薄いというよりは、感染拡大の影響が尾を引いている側面が強いと思われるため、コロナ克服後に再度評価すべきでしょう。

黒田日銀の残り1年

黒田日銀のこれまでの9年間、金融面での変化に対し、景気・物価面の変化は非常に鈍い状況が続いています。しかし、海外ではインフレへの懸念が強まっており、パンデミックやロシアのウクライナ侵攻を契機にこれまでの世界的な低インフレが変化している可能性があります。日本でも政府が「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」を4月末までにとりまとめる予定です。

まだ全体の物価上昇には至っていませんが、「日本は物価が上がらないので日銀の緩和政策も変わらない」と思い込むよりも、「黒田日銀」後も視野に入れて、政策変化の選択肢を幅広く想定しておく時に来ているのではないでしょうか。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
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