「年初来の大幅円安も、長期的には冷静に」

2022年5月26日

「日本はいずれ消滅する」――。

5月7日に米国電気自動車メーカーのテスラの最高経営責任者イーロン・マスク氏は、日本の出生率の低下を受け、「何も対策を行わなければ、日本はいずれ消滅する」とツイートしました。

2022年に入り円安が大幅に進行したことはご存じの通りです。2021年末から2022年4月末までに、日本円は対ドルで11.3%下落しています。昨年大幅下落したトルコリラの10.4%下落よりも大幅でした。このような円安を背景に、日本円が1ドル200円になると言い出す専門家も出てきているなか、冒頭のマスク氏のツイートはかなり刺激的です。

日本の人口は世界11位だが減少している

日本の高齢化・人口減少問題は目新しいものではありません。図1は、世界各国で人口数の多い上位20ヵ国について、人口の水準と10年前からの増減率を並べたものです。ユーロ圏の数値は参考として表示しています。

(図1)人口上位20ヵ国の総人口

2020年時点で1億人以上の人口を有するのはエジプトまでの14ヵ国です。日本は世界11位で、先進国の中では米国に次ぐ規模です。しかし、2010年からの人口増減率で見ると、上位20ヵ国の中で唯一減少している国となっています。国連のデータによると、2009年の1億2855万人をピークに減少傾向が続いており、国連の中位予測では2058年に1億人を割り込むとされています。

したがって、マスク氏のツイートはあながち的外れではないでしょう。しかし、人口問題のような長期的な視点と、短期的な要因で変動する為替相場を直結して考えるのは慎重になるべきでしょう。

為替相場の長期的なトレンドといえば購買力平価

為替相場を長期的な視点で捉える際によく用いられるのは「購買力平価」です。ある物の日本での価格(円建て)と米国での価格(ドル建て)が等価値になるようにドル円レートは決まる、という考え方です。

図2はドル円レートの実績値と購買力平価の推移です。図2の購買力平価はOECDが絶対的な水準を算出したものですので、実績レートとそのまま比較することができます。

(図2)ドル円レートと購買力平価

実績レートと購買力平価は100円近い乖離が生じた場面もあり、必ずしも近い水準になるとは限らないことが見て取れます。2021年の購買力平価は1ドル=96.8円でしたが、実績レートの年平均は109.85円、レンジは102.59~115.52円でした。つまり、購買力平価は為替相場の短期的な居所を測るのに相応しい「道具」ではないのです。

一般に、購買力平価は長期的なトレンドを把握するのに使われます。通貨の価値は物価上昇率の分だけ目減りします。購買力平価の傾きには、日米の物価上昇率の格差が反映されており、過去のトレンドは米国の物価上昇率の方が日本よりも高いため、相対的にドルの価値が目減りし円高傾向が示されています。

しかし、2015年頃から購買力平価の傾きはほぼ横ばいになっており、長期的な円高トレンドが終了した可能性を示唆しました。その点で、足もとの円安進行は横ばいトレンドの範囲内の動きと見ることができます。購買力平価から30円程度乖離することは通常の動きなのですから。

長期トレンドの円安転換は慎重に見極め

日本の物価上昇率が長期的に米国を上回るような事態となれば、長期トレンドが円安へ転換することになります。その場合は1ドル200円のような円安の可能性も浮上するでしょう。日本の人口減少に伴い人手不足から賃金が上昇し、今では想像できないようなインフレが発生する可能性はゼロとは言い切れません。

 

ただし、重要なのは、そのような事態が間近に迫っているのかどうか、時間軸を冷静に捉えることです。為替相場は金利差や貿易収支の動向などの短期要因で大きく上下する一方、購買力平価はあくまでも数年以上の長期トレンドを分析する「道具」であることを忘れてはいけません。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
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