「黒田日銀の10年間を振り返る」

2023年3月23日

「黒田日銀の10年間は60点」――。

黒田東彦日銀総裁の任期満了が近づくなか、金融専門メディアで10年間の評価点数が調査されています。2月下旬に実施された「QUICK月次調査〈債券〉」によると、債券市場参加者の採点は最頻値が60点(満点は100点)となりました。ちなみに単純平均は55.05点でした。

個別の政策への評価は割れる

2013年3月20日に黒田東彦氏が日銀総裁に就任以降10年が経過し、新総裁として植田和男氏が決定されました。「異次元緩和」を掲げて、デフレからの脱却に取り組んできた黒田総裁ですが、この10年間の金融政策について債券市場参加者の60点という採点は、「不合格ではないけれど良い成績でもない」といったところでしょうか。

しかし、市場参加者の評価は個別の政策では割れています。図1はこの10年間の金融政策の推移をまとめたものですが、①~④の政策について、前述の調査では「大いに評価する」「評価する」の回答割合の合計が、①72%、②44%、③26%、④52%でした。

(図1)黒田日銀の金融政策推移

やはり「①量的・質的金融緩和」は、大胆な金融緩和として株価などの資産価格を押し上げ極端な円高を解消したことで多くの人から評価されており、同時に「大いに評価する」の割合も24%で高く評価されています。一方で、「③長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」は「評価しない」が53%、「全く評価しない」が21%と、かなり低い評価となっています。

通常、中央銀行の金融政策は短期金利を政策金利としてコントロールしますが、日銀は長期金利をコントロールするという異例の政策を採用しました。その副作用として、日銀の国債保有が大幅に増加し、銘柄によっては日銀保有比率が100%と、金融市場の機能を阻害しているとの批判が出されるようになりました。売買したいときに円滑に取引が成立するのが、魅力のある金融市場ですが、日銀の国債保有比率が高まると取引成立が困難となり、市場の魅力が低下します。この点が債券市場参加者からの低い評価に繋がったと見ます。

実は、株式市場参加者を対象とした「QUICK月次調査〈株式〉」もあり、株式市場参加者も「①量的・質的金融緩和」を評価する人が多く、「③イールドカーブ・コントロール」への評価は低くなっています。

黒田日銀の総合評価は60点でも、任期10年間のうち最初の3年間程度が高評価でその後は評価が低下していったと分析できるのではないでしょうか。

「2年で2%」を目指した物価上昇率は?

黒田日銀はデフレ脱却を目指して「異次元緩和」を推進してきたわけですが、足もとの物価の状況は目指しているものとは異なるようで、金融緩和を継続しています。

(図2)黒田日銀10年間の物価・賃金上昇率(前年同月比)

(出所:Bloombergのデータより作成)

図2は全国消費者物価(CPI)と賃金(現金給与総額)の上昇率の推移です。昨年以降、CPI上昇率は「物価安定の目標」である2%を大きく上回っていますが、賃金上昇率が追いついていないため、日銀は現行の緩和政策を継続するとしています。図2の現金給与総額の前年同月比の上昇率は、瞬間的に上振れる局面はあるものの、ほぼ2%を下回っています。

また、安定的に物価上昇率が2%を達成できる状況ではない理由の一つとして、CPI上昇率のうち、食品が寄与する部分がかなり大きいことも挙げられています。CPI上昇率は、食品以外に、エネルギー価格高騰を背景に光熱費によっても押し上げられています。食品・光熱費は輸入依存度が高いため、輸入価格高騰が物価押し上げに働き、国内経済が強いことで物価が上がっているわけではないので、安定的に物価上昇率が2%を達成できる状況ではないと判断されます。

黒田日銀総裁の任期満了を機に、この10年間の大規模金融緩和でなぜ「物価安定の目標」を実現できなかったのか、国民にわかりやすい検証・説明が求められます。

日銀は新体制へ

新しい日銀総裁に、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏が就任することが決定しました。冒頭の債券市場参加者への調査によると、「大いに期待できる」「期待できる」の合計が72%で、植田氏に多くの人が期待している結果となりました。

同調査ではこの10年間の「日銀の市場とのコミュニケーション」についての評価も調査されており、「評価しない」「全く評価しない」の回答割合が87%でした。黒田日銀ではサプライズを起こすような政策変更が行われたことで、日銀から発信されるメッセージに市場参加者が疑心暗鬼になり、金融市場が不安定になる傾向が見られるようになりました。

市場とのコミュニケーションの点でも、新しい体制となった日銀には国民にわかりやすいメッセージの出し方を期待したいものです。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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