「植田日銀の船出~その進路は」

2023年5月25日

「粘り強く金融緩和を継続」――。

植田和男氏が日銀総裁に就任して最初の金融政策決定会合が4月27~28日に開催されました。金融政策修正観測が一部でささやかれていましたが、結果としては大規模緩和が維持されました。

金融市場が揺れた、植田日銀の最初の決定会合

植田日銀の船出である最初の決定会合は、4月28日のお昼ごろに結果が公表されるため、当日の午前中の金融市場は「待ち」の姿勢が続いていました。そんな中、午前10時30分頃に、「日銀が過去の長期にわたる金融緩和を検証し、政策金利のフォワードガイダンス(先行き指針)を見直す方針」とのニュースが飛び込んできました。

日銀総裁が交代したことで、大規模金融緩和が修正されるのではないかとの思惑が燻っていましたが、植田総裁は4月10日の就任記者会見で「現行の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)は継続するのが適当」と発言し、早期政策修正を否定しました。それから2週間後の4月28日で現行政策維持というのが多数の見方でした。

そんな中で先ほどのニュースで大規模緩和が修正されるのではとの思惑が強まり、金融市場は瞬間的に円高・株安に振れました。さらに、会合の結果公表が遅れたことも「政策維持か、それとも修正か」と、思惑が揺れ動くことにつながりました。

政策変更がなければ早ければ午前11時、遅くとも正午までには結果は公表されると見込まれていましたが、正午を過ぎても公表されませんでした。黒田日銀の初会合で異次元緩和を決定した2013年4月4日の結果公表は午後1時40分でしたので、今回の植田日銀の初会合でも「これは何かあるかもしれない」と市場参加者は警戒していました。しかし、午後1時ちょうどに現行の大規模緩和維持が公表され、金融市場は円安・株高・長期金利低下で反応しました。

余談ですが、FOMCやECB理事会などの結果公表タイミングは固定されています。結果公表時刻が遅れることで金融市場が憶測で不安定化するのは、あまり好ましくないので、日銀も決まった時刻に結果を公表するようにして欲しいものです。

物価目標が達成できないリスクの方が大きい

さて、肝心の決定会合の結果の注目ポイントは以下の通りです。

● イールドカーブ・コントロール(前回から変わらず)

短期金利:-0.1%
長期金利:0%程度(±0.5%)になるよう国債を購入

● 政策金利のフォワードガイダンス削除

新型コロナウイルス感染症の影響に関連して「長短金利水準を低位に維持する」としていた指針を削除

● 25年間継続してきた金融緩和策を1年~1年半かけてレビューする

今回の会合では「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」も公表され、日銀の金融政策を決定する政策委員たちの2025年度までの経済・物価見通しが明らかになりました。これは四半期ごとに公表されています。

現在、金融政策をめぐっては、「物価安定の目標」である消費者物価2%上昇を安定的に達成できるかどうか、注目されていますが、政策委員の見通しの中央値は図1にあるように、2023年度+1.8%、2024年度+2.0%、2025年度+1.6%と、再来年度に減速する見通しになっています。展望レポートで2025年度は下振れリスクの方が大きいと指摘されています。

(図1)日銀政策委員の消費者物価の大勢見通し
(消費者物価指数・前年度比%、除く生鮮食品)

(図1)日銀政策委員の消費者物価の大勢見通し (消費者物価指数・前年度比%、除く生鮮食品)

(出所:日銀のデータより作成)

それでも、過去の見通しからは上方修正が続いており、2023年度見通しは2021年10月時点の+1.0%から直近は+1.8%となっています。植田総裁も記者会見で「物価の基調的な判断は少し上がってきている」と発言しており、物価をめぐる情勢は確かに変化してきているようです。

ただし、植田総裁は先行きの物価見通しへの自信の度合いが低いとも発言しており、物価安定の実現の不確実性を配慮し、現行の「長短金利操作付き量的質的金融緩和」を継続するというのが、船出の際に示された進路となりました。

来年の賃金上昇率が鍵に

金融市場、特に外為市場では、大規模緩和継続という植田日銀の船出を受けて、円安に振れました。なかでも、レビューが1~1.5年かけて行われる点が注目され、「この間は政策修正が行われないのでは」との見方が円安を後押しした模様です。

しかし、植田総裁は「政策レビューの実施中でも必要があれば政策変更を行う」とも発言しており、船出時の進路は大規模緩和継続だとしても、状況次第では進路変更が可能であることを示唆しています。また、「来年の春闘は非常に重要だが、そこまで待たないと判断できないわけではない」とも発言しており、賃金上昇率への注目度はさらに高まりそうです。

図2は、日本の賃金上昇率の推移を示したものです。今年の春季賃上げ率はまだ集計途中ですが、1990年代前半以来の高い伸び率になる見込みです。これが、一過性のものではなく、持続的かどうかが注目されます。

(図2)日本の賃金上昇率(%)

(図2)日本の賃金上昇率(%)

(出所:INDB-Accelのデータより作成)

ちなみに、筆者が社会人となったのは1990年4月で、当時は「ベア」という言葉をよく耳にしましたが、1990年代後半以降、すっかり聞かれなくなりました。しかし、資源価格の高騰や急激な円安の影響も大きいかもしれませんが、足もとで賃上げの機運が盛り上がっているのは確かです。

日銀の金融政策修正に絡んでは、来年の春闘での賃上げ率がどの程度となるか、見通しがつく頃が重要なタイミングになりそうです。おそらく、今年の年末頃には情勢が見えてくるのではないでしょうか。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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