「日本株上昇の加熱度を確認する」

2023年6月22日

「バブル後高値更新」――。

今年5月後半頃から、日本株がバブル後崩壊後の高値を更新したとのニュースが相次ぎました。5月16日に東証株価指数(TOPIX)が、1990年8月以来33年ぶりの高値となったことが一つの契機となりました。

続伸する日本株

日経平均株価も5月19日に33年ぶりのバブル後高値に上昇し、6月5日には3万2千円台となりました。2023年度に入ってから6月5日時点の上昇率を見ると、日経平均が+15.9%、TOPIXが+11.6%で、同期間の米株のダウ平均が+0.9%だったことと比較して、日本株が顕著に上昇していることがわかります。

その主な要因については様々指摘できると思いますが、QUICK社が5月30日~6月1日に株式市場参加者に実施したQUICK月次調査によると、「東証要請によるPBRに着目した企業経営の改善期待」・「日銀の植田新体制での金融緩和の継続」・「バフェット効果」が、回答数の上位3つとなりました。なお、「バフェット効果」というのは、4月11日に著名投資家であるウォーレン・バフェット氏が「日本株に追加投資を検討したい」と報道されたことを指します。

気になるのは、「企業成長やイノベーションに対する期待」の回答割合は1%(複数回答可能)しかないことで、株価上昇が長期的に継続するかどうか、不安が残ります。

また、同調査では日経平均がバブル時の最高値(3万8915円)を上回る時期についても質問されており、49%が2025年までに上回ると回答していますが、一方で「最高値を超えることはない」との回答が16%もありました。日本の株式市場参加者が全員楽観見通しというわけではなさそうです。

株式時価総額と経済規模を比較する

このように早いペースで株式が上昇すると、「どこまで上昇するのか」、「これはバブルではないか」との懸念が出てきます。「バブルは崩壊して初めてバブルとわかる」とも言われるため、確定的なことはわかりませんが、参考になるのは、「経済の実力と比べて、今の株価はどのくらいの位置にいるのか」だと思います。

日本の株式全体については、日本経済の実力、つまり、国内総生産(GDP)や国民総所得(GNI)と比較することが、株式市場の過熱度の参考になるでしょう。ちなみに、GNIはGDPに「海外からの所得の純受取」を加えたものです。図1には、名目GDPと名目GNIの推移が示されていますが、2000年頃から両者の数字に開きが生じていることがわかります。これは、国内企業が海外子会社から受け取る配当など、「海外からの所得の純受取」が増えていることを示しています。

(図1)日本の株式時価総額の経済規模比

(出所:INDB-Accel・東京証券取引所のデータより作成)

この名目GNIに対して、日本の株式全体の時価総額の比率を見たものが、図1の緑色の折れ線グラフです。なお、時価総額合計の対象は、東証上場の株式(内国株)です。

1989年のバブル期に、時価総額の名目GNI比は136%に達しました。1980年代に、名目GNIはかなり高いペースで拡大していましたので、株価上昇基調はある程度は経済の実力に裏打ちされていたと言えるでしょう。当時は、経済規模拡大が将来も高いペースで維持されるとの期待で株式時価総額は拡大したわけですが、1990年頃を境に名目GNIは横ばい傾向に変化し、期待が打ち砕かれ、株価上昇はバブルだったと判明しました。

では、足もとの状況はどうでしょうか。図1の最新データは2023年5月末時点で、時価総額のGNI比は約130%です。「かなり過熱している」・「バブルではないか」と捉えることもできますが、株価は将来を織り込むことを考慮しなくてはなりません。

そこで、図1には5年後のGNI成長を織り込んだ「*」印を2つ表示しています。①は年1%成長を、②は年3%成長を反映させた、時価総額GNI比率です。今後5年間、名目GNIが①の1%成長となると、足もと株価は過熱気味かもしれません。一方、②の3%成長ならば、過熱度合いはあまり高くないように思えます。

1990年代のバブル崩壊は、経済成長ペースがガクッと低下したことが主な要因だったと見ていますが、足もとの株価上昇についても、今後の経済成長ペースをどう考えるかで、過熱度合いの見方が変わってくるでしょう。

基調的な経済成長率をどう捉えるか

日本のGDP成長率は、1980年代から1990年代にかけて大きく下方シフトし、さらに、名目成長率が実質成長率を下回るという、いわゆるデフレ期が長く続きました。ちなみに、実質成長率は、物価変動分を除いた成長率で、名目成長率は物価変動を含んでいます。例えば、ある年に10台(1台100万円)の自動車を生産し、翌年には同じ自動車を11台(1台120万円)生産した場合、実質成長率は11÷10-1=10%で、名目成長率は(11×120万円)÷(10×100万円)-1=32%となります。

さて、図2は日本のGDP成長率の推移ですが、基調的な変化が分かるように、5年間移動平均で示しています。1980年代、実質GDP成長率は平均+4.5%、名目では+6.1%でした。それがバブル崩壊以降、急減速したうえ、1990年代後半から2010年代前半まで、名目成長率が実質成長率よりも低い期間が確認できます。

(図2)日本のGDP成長率
(前年同月比・5年移動平均)

(出所:INDB-Accelのデータより作成)

株価を検討する際は名目成長率が重要ですが、今後の基調的な名目成長率について、悲観的に捉えるならばバブル崩壊後の1990~2012年の平均+0.7%が、楽観的に捉えるならばアベノミクスからパンデミック直前の2013~2019年の平均+1.6%が参考になるでしょう。

ちなみに、今年1月に内閣府が公表した名目GDP成長率の想定は、ベースラインケースで2024~28年度平均+1.0%、成長実現ケースで同+3.3%でした。1%程度の成長か、3%程度の成長か、それとももっと悲観あるいは楽観するか、今後5年程度の長期を見据え、日本経済の成長目線を読者の皆様はどう捉えますか。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
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