「2つの円安局面を比較~2022年秋と2023年夏」

2023年7月20日

「急激な変動は好ましくない」――。

2022年10月に32年ぶりの円安ドル高となりましたが、円安が進む際に日本の財務省要人はこのように発言していました。今年も再び円安が進行し、財務省要人から「過度な変動は好ましくない」「必要があれば適切に対応する」との発言が出ています。

為替相場の主要テーマはやはり中銀の金融政策

2022年から2023年6月までのドル円相場を振り返ると、中央銀行の金融政策に強く影響を受けてきたと言えるでしょう。図1は、昨年から今年6月末までのドル円相場と米2年国債利回りの推移を示したものです。両者が似たような動きをしていることが見て取れます。

2年金利は、金融政策の影響を強く受ける傾向があるため、両者が似たような動きをしていると言うことは、ドル円相場が米国の金融政策に対するマーケットの思惑に連動しているということになります。

(図1)2022年以降のドル円相場・米2年金利

(出所:Bloombergのデータより作成)

10年金利も金融政策の影響を受けますが、この先10年間の景気やインフレ、さらにそれらを反映して決定される政策金利に対する期待・予想によって10年金利は動くため、近い将来の金融政策への思惑の比重は小さくなります。その点、2年金利は先行き2年間という短めの期間の期待・予想で動くため、足もとの金融政策への思惑が影響力を持つわけです。

少し話は脱線しましたが、昨年から今年6月までのドル円相場を振り返ると、円高ドル安に動く場面も見られました。昨年11月に米CPIの伸び率が鈍化し、FRBの利上げ幅が縮小するとの観測が台頭したところから、12月に日銀が長期金利の変動幅を拡大し、長期金利の上昇を事実上容認した局面では、1ドル145円前後から130円前後まで円高ドル安となりました。その間の米2年国債利回りは横ばい傾向でしたが、将来の利上げ打ち止めが視野に入ったことが背景と見られます。

また、今年3月に米シリコンバレー銀行が破綻した際も、米利上げ観測が低下(2年金利低下)し、8円程度と小幅ながら円高ドル安に動きました。しかし、4月末に植田日銀総裁が「粘り強く緩和を継続する」と発言して黒田前総裁のスタンスを踏襲したことや、FRB要人から米インフレ率が思うように低下していないことへの不満が表明されたことで追加利上げ観測が高まったことで、今年6月末には7ヵ月ぶりの円安水準となりました。

貿易収支の赤字幅は縮小しているが・・・

昨年秋の円安局面も今年夏の円安局面も、ドル円相場の主要テーマは日米中銀の金融政策の格差である点は共通しています。しかし、今後どこまで円安が進むかを検討する上では、相違点を整理しておく必要があるでしょう。

まず注目したいのが、貿易収支の状況です。日本の通関統計の輸出超過額を前年同月と比較すると、2022年は資源価格の高騰などで貿易赤字が拡大する傾向が続きましたが、今年4月・5月の赤字幅は前年同月よりも縮小しています。貿易収支が赤字なのは同じですが、赤字幅縮小は貿易による円売り圧力が低下していることを意味します。

しかし、気になるのは、貿易赤字縮小の主な要因は輸入額減少だということです。資源価格高騰が落ち着いたことで、輸入額が前年比で減少しているのです。一方、円安にも関わらず、輸出額は増えていません。円安により、輸出価格は前年比プラスが続いていますが、数量が伸びていないため、「数量×価格」で計算される輸出総額が増えていないのです。

図2にあるように、2020年のパンデミック以降、グローバル供給制約はかつてないほど高まりました。図2のグローバル・サプライチェーン・プレッシャー指数は、世界的な供給網の停滞状況をニューヨーク連銀が算出しているもので、グラフの下に行くと供給制約が高まるように表示しています。

また、図2には日本の輸出数量指数も表示しています。数量指数には価格変動が含まれないため、日本の輸出の実力が表れます。2008年のリーマン・ショック後や2011年の東日本大震災後など、グローバル・サプライチェーン・プレッシャー指数が下向きに動く局面で、輸出数量が減少する傾向が見て取れます。

(図2)日本の輸出数量とグローバル供給制約圧力

(出所:Bloomberg・INDB-Accelのデータより作成)

2020年のパンデミック時は過去に例のないほど供給制約が大きくなりましたが、今年に入り、制約はかなり解消されています。しかし、輸出数量は逆に減少しており、日本の輸出する力が後退しているのではないかと懸念されています。円安で輸出しやすい環境である、さらに供給制約も低下しているにも関わらず、輸出数量が減少しているのですから、悲観的になるのも仕方が無いのかもしれません。

日本のモノづくりの力をどう捉えるか

日本は円高が進行した1990年代後半以降、生産拠点の海外シフトで貿易黒字が縮小する一方で、海外子会社の配当が増加する形で、海外からの稼ぎ方を変化させてきました。そのため、現状の円安を輸出増加につなげにくくなっていると考えられます。

しかし、製造業の国内回帰の動きが出ていることも忘れてはなりません。また、台湾企業の半導体工場が熊本に建設されるといったニュースもあります。これらによって、直ちに日本の輸出が増えるわけではないでしょうが、本当に日本は円安を好機に変えることができない国になったのかどうか、しっかりと見極めるべきではないでしょうか。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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