「緩和はつづくよ、どこまでも?」

2023年8月24日

「粘り強く金融緩和を継続」――。

7月28日に日銀は長短金利操作の運用を柔軟化すると同時に、粘り強く緩和を続けるとも表明しました。長期金利上昇を事実上容認したにも関わらず、緩和継続とはどういうことなのでしょうか。

粘り強く緩和を続ける背景

「粘り強く金融緩和を継続」という表現は、今年4月28日の植田日銀総裁就任後初の金融政策決定会合の声明に登場し、その後も継続して使用されています。

日銀が金融緩和政策を継続する背景には、2013年1月25日に出された「デフレ脱却と持続的な経済成長に向けた政府・日銀共同声明」があります。そのなかで、日銀は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%としています。同年4月4日に当時の黒田日銀総裁のもとで「量的・質的金融緩和」いわゆる「異次元緩和」がスタートしました。その後、「マイナス金利」、そして「長短金利操作(イールドカーブコントール)」が付加されてきました。

また、日銀は金融緩和政策に関し、2つのフォワードガイダンス(先行き指針)を堅持しています。そのフォワードガイダンスとは以下の通りです。

● 「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。

● マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。

ここで、マネタリーベースの拡大とは量的緩和を示し、国債等の資産購入を通じて市中への資金供給を続けることを指します。

しかし、日本の消費者物価(除く生鮮食品)は今年7月時点で前年同月比+3.1%と物価安定の目標の2%を大幅に上回っています。この点について、日銀は「持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていない」としており、現状の物価上昇率が持続するかどうか自信が持てないことが、金融緩和を継続する理由とされています。

長短金利操作の柔軟化は緩和縮小ではない

そんななかで7月28日に日銀は長短金利操作の運用を「柔軟化」しました。具体的には、長期金利を0%程度で推移するように国債を購入する点に変更はありませんが、変動幅は±0.5%程度を目途とし、強力に国債購入を行って長期金利上昇を抑制する水準を1%としました。

植田総裁は会合後の記者会見で、「(長短金利操作の運用の柔軟化は)正常化へ歩み出す動きではなく、長短金利操作の持続性を高める動き」と説明しています。

ちなみに、長期金利の変動幅を±0.25%から±0.5%へ拡大したのは2022年12月20日で、このときは長短金利操作の運用の「一部見直し」と表現されました。この際も当時の黒田総裁は「出口戦略では全くない」と発言しています。

どうやら、日銀にとって長期金利の変動余地を拡大することは「金融緩和の縮小」ではないと整理されているようです。しかし、長期金利の上昇余地を拡大したことは、利上げ、あるいは、緩和縮小と一般的には捉えられるでしょう。「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みを維持するために、長期金利上昇をある程度容認するというのは、金融緩和と金利上昇という、相反する事象を同時に成立させようとしているように見え、日銀の意図が非常にわかりにくくなっています。

なぜ日銀はこのようにわかりにくいことをするのでしょうか?

その答えは、図1に示されているように、債券市場の機能度の低下にあります。

(図1)日銀による国債保有と債券市場の機能度の状況

(出所:日銀・INDB-Accelのデータより作成)

図1の赤い折れ線グラフは機能度判断DIといい、日銀が市場参加者にアンケート調査したもので、債券市場の機能が「高い」と回答した割合から「低い」と回答した割合を差し引いたものです。2015年の調査開始以来、機能度DIはマイナスが続いており、特に2022年に日銀の国債購入が大幅増加し、国債の日銀保有比率が50%を超えた局面でDIが顕著に低下しました。

足もとでは、機能度改善の対応でDIは若干上昇していますが、依然低い状態です。債券市場の機能が低いということは、市場参加者が売買したいときに取引成立にストレスが大きいことを示します。日銀の国債保有が膨らむことで、売買が困難になりお金の巡りが悪くなるのは金融緩和の狙いから外れるため、今回の「柔軟化」でこれを改善しようとしているわけです。

金融緩和はどこまでも続くのか?

日銀は今回の「柔軟化」で金融緩和の持続性を高めたのですが、金融緩和はどこまでも続いていくのでしょうか。

その答えは、2つのフォワードガイダンスにもあるように、物価上昇率次第です。図2は日本の消費者物価上昇率の推移を示したもので、積み上げ棒グラフは主要項目の寄与度です。黒い折れ線グラフは、生鮮食品も含んだ総合の物価上昇率ですが、2022年4月以降、2%を上回って推移しています。

(図2)全国消費者物価(前年同月比・寄与度)

(出所:INDB-Accelのデータより作成)

これに対し、植田総裁は「基調的な物価上昇率が2%に届くところにはまだ距離がある」と発言し、先行きの物価上昇率が2%を上回り続けることに自信がないことを理由に金融緩和を続ける姿勢を示しています。

しかし、現状では政府支援でガソリンや電気代が抑制されているものが、今年秋の支援終了で物価上昇圧力となります。経済産業省のデータによると、8月初めのレギュラーガソリンは全国平均で補助金により8.1円ほど抑制されていますが、その他の条件に変化が無ければ9月末でこの抑制効果は剥落してしまいます。

日銀の金融緩和がまだまだ続くとされていますが、物価上昇率がそれに反する動きをすることで、緩和の持続性に疑問が湧いてくる可能性があることに注目していきたいと思います。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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