「中国経済の日本化を検証」

2023年9月21日

「中国経済は『ダブル・デフレ』の様相」――。

中国では2022年4月から新築住宅価格の前年比割れが続いていますが、今年7月の消費者物価上昇率が前年比でマイナスに落ち込んだことで、「ダブル・デフレ」として日本のバブル崩壊後との類似性が指摘されています。

経済成長の類似点・相違点

今年7月に中国の不動産開発大手企業が債務不履行に陥るとの懸念が台頭したことで、中国経済においても、1989年をピークにバブルの崩壊した日本経済が陥ったような長期低迷への警戒が高まっています。しかし、注意しておきたいのは、中国と日本では相違点も多いということです。

まず、類似点ということでは、自国通貨が大幅上昇するきっかけとなったタイミングを合わせて、両国の経済成長率の推移を比較してみましょう。図1は、日本よりも20年遅れで中国の成長率を表示しています。1985年のプラザ合意と2005年の人民元切り上げ・ドルペッグ放棄が同じタイミングになるように時間軸をずらしました。

(図1)実質GDP成長率(%)
(日本を中国に20年先行させて表示)

(出所:INDB-Accel・Bloombergのデータより作成)

日本の経済成長率は、1960年代の高度経済成長期から、石油危機を経て1970~80年代に安定成長期、そしてバブル崩壊以降に「失われた30年」といわれる低迷期へと、段階的に低下してきました。

経済発展につれて成長率が低下する傾向は、中国経済においても同様に見られます。経済規模が小さいと成長スピードが速く、規模が拡大するとスピードが落ちるのは自然の流れではないでしょうか。

一方で、中国の経済成長率は、この時間差での比較においては、日本よりも高度経済成長期がかなり長期間継続しているように見えます。新興国は、先進国が一から築いてきた各種システムに後乗りできるので、発展スピードが速いことが考えられます。

また、先進国と比して人口規模が一桁違うことも、高成長の持続時期が長期化する一因と考えられます。1985年頃に鄧小平が唱えた「先富論」で、先に豊かになれる者から豊かになるという方針が示されましたが、10億人を超える人口が一斉に発展するのではなく、遅れて発展する人々が相当数いることで、高成長が長期化したのではないでしょうか。

人口動態が示す類似点

日本のバブル崩壊の例がありながら、不動産価格下落・物価下落という「ダブル・デフレ」から「日本化」が懸念されている中国経済ですが、とりわけ不動産のように資産・負債のバランスシートに影響を与える分野の不安定化は深刻な問題になりやすい傾向があります。

日本の平成バブル崩壊しかり、2007~08年の米国の住宅バブル崩壊・金融危機しかりで、かつてエコノミストのリチャード・クー氏が名付けた「バランスシート不況」の深刻さを我々は目の当たりにしてきました。

特に日本の長期低迷は未だに続いている問題で、その深刻さは言うまでもありませんが、長期低迷の背景のなかでも強く指摘しておきたいのは、人口動態です。図2は日本と中国の20~64歳人口の割合の推移で、日中の時間軸は30年ずらしています。30年の時間差は、日本の成長率低迷が1990年代前半に始まったことと、中国の成長率下振れが現在の2020年代前半に発生していることを比較するためです。

(図2)20~64歳人口の割合(%)
(日本を中国に30年先行させて表示)

(出所:国連のデータより作成、2023年以降は国連予測・中位推計に基づく)

20~64歳はいわゆる生産年齢人口(15~64歳)とは一致していませんが、働き手ということでは20歳以上が適切だろうと考えました。この割合が拡大していく局面では、豊富な労働力を背景に経済成長が促進されると言われています。実際、日本の高度経済成長期ではこの割合が拡大しています。中国も2012年のピークまで労働力が豊富に供給され、さらに1990年以降は冷戦終結で先進国企業の生産拠点が多数作られたことから、「世界の工場」として発展を続けました。

しかし、日本ではデフレが深刻化した1990年代後半以降、20~64歳人口の割合は低下に転じました。筆者はバブル崩壊にこの人口動態の変化が追い打ちをかけたことで、日本経済の「失われた30年」に繋がったのではないかと推測しています。

中国の2000~20年の20~64歳人口の割合は日本と異なりかなり上振れていますが、今後の国連の推計では、30年前の日本を後追いするような形になっています。

歴史は繰り返さないが韻を踏む

20~64歳人口の割合の一点で、中国経済が日本のような長期低迷をたどると考えるのは、やや短絡的ではないかと思います。中国では都市戸籍と農村戸籍という二元戸籍が厳格に守られているため、人口の3分の1を占める農村戸籍の人々が経済発展し始めれば、成長軌道が下支えされる可能性があります。また、政治システムも大きく異なるため、日本がバブル崩壊後に採った政策とは違う解決策を見いだすかもしれません。

とはいえ、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」とは、アメリカの作家マーク・トウェインが言ったとされていますが、類似点・相違点を認識した上で、何が「韻」に当たるのか、注視したいと思います。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

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