「金利が復活し始めた日本」

2023年10月26日

平素より「知るほどなるほどマーケット」をご愛読いただきありがとうございます。本コラムは2019年6月に開始し、今月ついに50回号に至りました。できるだけ平易な言葉でお伝えし、金融マーケットの「なぜ?」を解消する一助になることを目指して続けてまいりました。この間に世界は大きく変化し、日本でも金利が復活しつつあります。「知って納得して」行動するために情報発信してまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。 三井住友信託銀行 マーケット・ストラテジスト 瀬良 礼子

「マイナス金利解除も選択肢」――。

9月9日付けの新聞に掲載されたインタビューで、植田和男日銀総裁は「経済・物価情勢が上振れした場合、いろいろな手段について選択肢はある。マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すればやる。年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」と述べ、金融緩和が早期縮小されるとの観測が台頭しました。

日銀は物価目標を下側へ外すリスクを重視

しかし、そのインタビューの中では「物価目標の実現にはまだ距離があり、粘り強い金融緩和を続ける」と発言されており、今年4月の植田総裁就任以来の姿勢が大きく変化したわけではありません。とはいえ、「年末までに」との時期を示した発言に金融市場は警戒感を強め、長期金利(10年国債利回り)は報道直後の9月11日に0.7%台に上昇しました。実に9年8ヵ月ぶりの水準です。

長期金利が上昇したことで、住宅ローン金利上昇のニュースを耳にされた方もいらっしゃるでしょう。長期金利が約10年ぶりの水準へ上昇し、日本も金利がつく世界に戻り始めていると注目されています。

ところが、その後、9月22日の金融政策決定会合後の記者会見で植田総裁からは次のような発言が出されました。

  • ● 現時点で経済・物価を巡る不確実性は極めて高く、政策修正の時期や具体的な対応について到底決め打ちはできない。

  • ● 現在、賃金上昇を伴う2%の持続的・安定的なインフレが見通せる状況にはなっていない。

  • ● さまざまな手段をどういう順序でどう変更していくのかは、その時の経済・物価情勢次第。

  • ● (物価目標を下側に外してしまうリスクを重視する認識は)今のところ変わってない。

  • ● 企業の賃金・価格設定行動には、従来よりも積極的な動きが見られ始めている。

  • ● (物価変動の影響を除いた実質賃金の前年比減少が続いていることを)私どもも非常に心配して見ている。

企業の賃金・価格設定が積極的になってきているとの、デフレ脱却に向けてプラスの評価もありますが、基本姿勢は「粘り強く金融緩和を維持する」というものです。

日銀は物価予想を下側へ外し続けた

足もとの物価上昇率は2%を上回っているにも関わらず、そのような慎重姿勢を維持する背景には、異次元緩和が始まった2013年4月以降、日銀は物価見通しを下側に外し続けてきたことがあるのではないかと筆者は推測しています。

図1は、異次元緩和導入以降の各年度の消費者物価(CPI)上昇率と、その2年前の4月時点の日銀審議委員の予想中央値を比較したものです。例えば、2013年度の全国CPIは+0.8%でしたが、2012年4月時点の審議委員の予想中央値も+0.8%で、両者は一致しました。2014年度の実績は+2.8%、2013年4月時点の予想中央値は+3.4%で、実績が予想を下振れしました。

(図1)全国CPI(除く生鮮食品、各年度の上昇率)の実績と日銀審議委員の予想

(出所:INDB-Accelのデータより作成)

実績の物価上昇率が審議委員の予想を下回る状況は、2021年度まで続きました。年度末に近づいた時点での予想は、当然のことながら実績に近くなります。そのため、前年度の4月の予想がどの程度的中してきたかを調べたわけですが、日銀審議委員は自らが決定した金融政策が効果を発揮すると期待しながらも、残念ながら実際の物価上昇率は下側に外れ続けてきました。

ところが、2022年度は大きく上側へ外れました。前年度4月時点でロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格高騰を予想することはほぼ不可能ですので、予測精度が低いと批判するつもりはありませんが、異次元緩和開始以来、物価上昇率が初めて上側に外れたことは、デフレ脱却のサインとなるかもしれません。

金利復活の鍵は物価上昇率にあり

デフレ脱却宣言がいつになるか、政治判断もあるため、まだ見通せませんが、金融市場は長期金利上昇という形で物価上昇率の上方シフトを織り込み始めています。

図2は長期金利と消費者物価上昇率の推移を比較したものですが、赤い折れ線グラフのCPI上昇率・前方10年間平均に注目してください。これは、各時点における以後10年間のCPIの年平均上昇率を示しています。例えば、2000年1月時点の10年国債利回りは1.7%でしたが、そこから2009年12月までの10年間の物価上昇率の年平均は-0.3%でした。

(図2)日本の長期金利とCPI上昇率10年平均

(出所:Bloombergのデータより作成)

グラフからも明らかなように、1973年12月以降、10年国債で運用することで物価上昇率を上回ることできました。ここで注意が必要なのは、運用を開始する時点ではその後の物価上昇率はわからないという点です。2023年10月11日現在、10年国債利回りは0.77%ですが、この先10年間の物価上昇率は未来のことなのでわかりません。

日本はデフレ局面が続き、長期金利で運用することで物価上昇率を上回るリターンを得ることができたのですが、その状況は2012年12月に反転しました。実に39年ぶりに、長期金利と物価上昇率が逆転したのです。10年前の長期金利が物価上昇率を上回らなかったことに、大きな意味は無いかもしれません。しかし、日本のデフレ構造が変化している可能性もしっかり検証していくべきでしょう。

現状のような高い物価上昇率が今後も継続すれば、金利は物価に割り負けることになるため、資金運用の立場からはより高い金利が求められるようになります。一方、日銀が警戒するように、物価上昇率が下振れていくのであれば、金利上昇に歯止めがかかるでしょう。

日本で金利が復活するかどうか、正念場です。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

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