「FRBが利下げするきっかけは何か?」

2023年11月30日

「適切となれば金融引き締めをためらわない」――。

11月9日にパウエルFRB議長は国際会議の場でこのように発言し、これまでの利上げがインフレ率を2%へ押し下げるために十分であると確信を持てない姿勢を示しました。

FRBも日銀も必要となればためらわない

11月1日のFOMCでは、前回9月のFOMCに引き続き政策金利を据え置きましたが、声明文では「7~9月に経済活動は力強いペースで拡大した」として、景気の現状判断をより強く表現しています。

また、「インフレ率を2%に徐々に戻すために適切とみられる追加的な金融政策の引き締めの程度を決めるに当たり、①金融政策の度重なる引き締め、②金融政策が経済活動とインフレ率に及ぼす影響の遅れ、および③経済と金融の動向を考慮する」と言及し、政策金利の選択肢は「維持」か「利上げ」であり、現状では「利下げ」が選択肢にないことが示唆されています。

一方で日銀は、10月31日の金融政策決定会合で公表された声明文に「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」という、いつもの一文が変わらず掲載されています。

FRBと日銀はいずれも「必要となればためらわずに行動する」という姿勢を明確にしていますが、その方向がFRBは「金融引き締め」、日銀は「金融緩和」と真逆です。このために、外国為替市場で円安ドル高の動きが根強いものと思われます。この円安ドル高の流れを変えるきっかけとして注目されるのは、やはり、日米中銀の姿勢です。とりわけ、これまで大幅利上げを実施してきたFRBの先行きの方針が重要だと筆者は考えています。

物価上昇と雇用悪化が同時に起こったら

「2つの責務(Dual Mandate)」としてよく知られているのが、FRBの金融政策の目的で、①最大の雇用と②物価の安定です。FRBは2%物価上昇率を物価安定の目標としていますが、パンデミック終息後の2021年4月以降に物価上昇率が加速し、2022年に入ると消費者物価コア(除く食品・エネルギー)前年比上昇率が6%を突破したことで、利上げを開始しました(図1の右グラフ参照)。

この局面では幸いなことに、パンデミック後の経済活動再開で米国の失業率は低水準にあり、FRBは「2つの責務」のうち「物価の安定」への対処に集中することができました。実際、2022年3月以降に5.25%ポイントもの大幅利上げを実施したにもかかわらず、失業率は4%を下回る状況が続いています。低失業率の背景には、パンデミックにより多くの高齢者層が仕事を辞めたまま、まだ職を求めるようになっていないことがあると分析します。ただし、16~24歳の若年層やプライムエイジと呼ばれる25~54歳はパンデミック前以上に労働市場へ復帰しており、求人の逼迫度合いは緩和し始めています。このところ失業率がわずかですが上向いているところに、その動きが確認できます。

(図1)米国の政策金利と物価上昇率・失業率

(出所:Bloombergのデータより作成)

米国の今年10月の失業率は3.9%と4月の3.4%からやや上昇していますが、1951~2022年の平均失業率は5.8%ですので、歴史的に見て十分低い状況です。しかし、何かの要因で失業率が上昇した場合、物価上昇率が2%を上回っていたら、FRBは利下げを行わず、逆に利上げを判断するのでしょうか。

図1の左グラフは、1969~77年のFF金利・物価上昇率・失業率の推移を示したものですが、1974~75年に物価上昇率が10%を超えていても失業率の急上昇に対応してFF金利が引き下げられています。これは第4次中東戦争の影響で第1次石油危機が起こった局面で、インフレ率が高まった一方で景気が悪化し失業率が上昇したことへ、利下げで対応したわけです。

「2つの責務」の最大雇用と物価安定、双方に対応せねばならないとき、利下げで雇用を支えるか、利上げで物価を抑えるか、FRBはジレンマに陥りますが、失業率が急上昇するような場合は利下げを選択する可能性が高いのではないでしょうか。実は、2020年8月27日にFRBは「長期目標と金融政策戦略」を策定し、最大雇用は広範かつ包括的な目標であることを強調しています。

失業率に影響を与える企業の姿勢に注目

前述したように、米国経済は力強いペースで拡大しており、直ちに失業率が急上昇するような状況にはなく、物価上昇率が依然高いことで、FRBの選択肢は金利を維持するか上げるかという方向に傾いています。

しかし、2024年以降へ目を向けたとき、このままの状況が継続するかどうかは不透明です。物価上昇率が2%を上回ったままでも、失業率が上昇してくると、利下げを検討するような可能性もゼロとは言い切れないでしょう。そうなると、ドル円相場にも大きな影響を与えることになります。とはいえ、絶対そのようなことが起こるというわけでもないので、早めに兆候を捉えるためには何に注目すればよいでしょうか。

筆者が注目するのは企業の動向です。今はパンデミック後の人手不足を警戒したままで求人件数が多いなかで、働き手が職に戻る動きで失業率がやや上昇しています。しかし、企業が人手の確保よりも業績の下振れ支援を優先するようになると、求人件数が減ることで失業率が上昇します。そのような兆候を早めに察知するために、特に企業の設備投資姿勢が重要だと考えます。

図2は、設備投資の先行指標と言われる耐久財受注(除く輸送機器)と企業収益の前年比の伸び率の推移です。景気後退期にはこれらがマイナス方向へ大きく振れていますが、直近ではまだ前年比横ばい近傍で留まっており、特に深刻な状況にはありません。

(図2)米国の設備投資関連データ

(出所:Bloombergのデータより作成)

しかし、上向きにペースアップしているわけでもないので、企業の投資スタンスには上と下の双方に振れるリスクがあると見られます。したがって、FRBの利下げ観測は五分五分といった状況でしょう。FRBの姿勢の変化の前兆として、失業率の悪化に結び付くような企業の消極姿勢のニュースを見逃さないよう情報確認が重要です。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
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