「紙幣デザインは変わるが日本円の価値は変わるか?」

2024年1月25日

「渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎」――。

皆様ご存じの、新しい日本銀行券の肖像の人物です。新しいデザインの紙幣は、今年7月3日に発行が開始されます。

日本の紙幣の発行状況

日本銀行券、つまり紙幣はどのくらい発行されているでしょうか。日銀の統計によると、2023年12月末の発行高は124兆6080億円でした。なお、12月末は年越えの手元現金の保有ニーズが高まり、季節的に上振れする傾向があります。2023年の平均ではざっくりと120兆円強と捉えておけば良いでしょう。

券種別では、2023年11月末時点で、1万円札が約113億枚、5千円札が約7億枚、2千円札が約1億枚、千円札が約44億枚、500円札が約2億枚となっています。現在、500円札は新規で発行されていませんが、昔から流通しているものが日銀に戻ってきていないため、このような数字となっています。ちなみに、新しい紙幣の印刷は2022年から開始されており、日銀は昨年末時点で1万円札24.8億枚、5千円札2.6億枚、千円札17億枚を準備しているそうです。

ところで、紙幣(お札)は日本銀行券と呼ばれるように、日銀が発行しています。これは日銀の負債となりますが、印刷して日銀の内部に備蓄されているだけでは紙幣として認識されず、日銀から引き出されて初めて紙幣として流通することになります。ですので、新デザインの紙幣は印刷されていてもまだ流通していないので、日本銀行券発行高には含まれません。

経済活動の決済に必要なマネタリーベース

日本銀行券は日銀の外へ送り出され、様々な経済活動の支払いに利用されます。近年ではキャッシュレス決済が増加し、現金決済が少なくなっていると言われますが、図1にあるように、日本銀行券発行高は増加傾向が続いています。2023年に増加率が落ちたものの、残高がはっきりと減少するような状況ではありません。

(図1)日本のマネタリーベースの推移
(月中平均残高)

(出所:各種報道より作成)

経済活動における支払い手段としては、日本銀行券以外にも民間銀行の預金口座を通じた決済が頻繁に利用されています。口座振込だけでなく、クレジットカード支払いも預金口座から引き落とされます。光熱費やマンション管理費などを預金口座引き落としにしている方もいらっしゃるでしょう。

民間銀行の預金口座を利用した支払いは、最終的には民間銀行が日銀に開設している預金を通じて決済します。この預金を「日銀当座預金」といい、民間銀行が日銀に預けている預金で、日銀にとっては負債となります。

先ほど、日本銀行券が日銀の負債であると述べましたが、日銀当座預金も日銀の負債です。この2つは日銀のバランスシートの負債サイドの大部分を占め、これらは「マネタリーベース」と呼ばれています。マネタリーベースは日銀が供給する通貨であり、市中に出回っているお金で、私たちの経済活動に伴って発生する資金決済に利用されています。したがって、マネタリーベースが少な過ぎると、経済活動が滞りやすくなりますし、逆に多いと経済が円滑に動きやすくなることが期待できます。

図1に示したように、2013年4月に日銀が「量的・質的金融緩和(異次元緩和)」を導入して以降、日銀当座預金を中心にマネタリーベースが急増しました。日銀は負債であるマネタリーベースの反対側で、資産として国債を大量購入してきたのは、皆様よくご存じの通りです。

日本円の価値を日銀はどちらへ導くのか

前述したように、マネタリーベースは中央銀行が供給する通貨です。この供給ペースの日米格差が拡大すると、通貨の価値に影響を与える可能性があります。つまり、日銀のマネタリーベース(=日本円)供給ペースがFRBよりも速いと、米ドルに対して相対的に日本円を弱くする力が働くことになります。大量供給されるとそのものの価格が低下するという市場機能の発想です。

図2は、日米のマネタリーベースの残高の比率とドル円レートを比較したものです。基準時点を1999年3月としましたが、説明力がある期間とそうではない期間があるため、ドル円レートがマネタリーベースだけで決まるものではないことには注意が必要です。

(図)2024年に主要選挙が予定されている国・地域の
経済規模・人口の割合(2023年時点)

(注:名目GDPは購買力平価換算ベース)

(出所:IMF・国連のデータより作成)

しかし、日銀はマネタリーベース拡大方針を依然維持しています。

これまで幾度もこのコラムで取り上げてきましたが、日銀の2つのフォワードガイダンス(先行き指針)は次の通りです。

● 「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(YCC)」を継続する。

● マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。

日銀はデフレ脱却を目指して大胆な金融緩和を10年以上継続してきましたが、特にフォワードガイダンス後段のマネタリーベースの拡大は、前段のYCC解除の条件よりもさらに踏み込んだ物価上昇が実現するまで継続される方針です。

今年7月に、あたらしいデザインの日本円紙幣の流通が開始されますが、紙幣デザインが変わったからといって、日本円の価値、特に外国通貨に対する相対的な価値は変化しません。日銀が金利と量(マネタリーベース)を通じて、日本円の価値をどちらの方向に導くのか、今年は正念場になりそうです。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》

執筆者紹介 瀬良 礼子

執筆者紹介 瀬良 礼子 せらあやこ

三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

執筆者関連書籍のご紹介
「投資家のための金融マーケット予測ハンドブック(NHK出版)」
「60歳までに知っておきたい金融マーケットのしくみ(NHK出版)」

※NHK出版のWEBページに移動します。

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