「為替操作国の認定・解除は
トランプ政権の通商圧力の道具に」

2020年1月24日

「為替操作国の認定・解除はトランプ政権の通商圧力の道具に」

米国は、昨年8月5日、唐突に中国を「為替操作国」に認定しましたが、今年1月13日、米中通商合意の第1弾の署名直前に解除しました――。

2020為替操作国の認定は、2015年の「貿易円滑化及び権利行使に関する法律」によって基準が示されており、米財務省が1年に2回公表する「為替報告書」で主要貿易相手国の状況が精査されます。昨年5月公表の為替報告書では、中国は為替操作国に認定されませんでしたので、3ヵ月も経たないうちの操作国認定には疑問を抱かずにはいられません。そして、今度は通商交渉の日程に合わせた形で操作国が解除されました。トランプ政権は為替操作国の認定・解除を通商圧力の道具にしているように見えます。だからこそ、その矛先が他の国に向いてこないとは言い切れません。

米中通商交渉は第1弾の合意成立!

2018年に始まった、米国と中国の関税引き上げ合戦は、2020年1月15日に米中が第1弾の合意に署名したことで、一時停戦となりました。第1弾の通商合意の内容は、既に各種メディアが報道しているので、ここでは詳細には触れませんが、為替相場に関係する事項については、以下の3点がポイントです。

  • (ア) 輸出競争力を高めるために為替レートを操作することを控える
  • (イ) 外貨準備高や輸出入額のデータを遅滞なく公表する
  • (ウ) これらの点で意見対立が生じたら協議を行い、協議で決着しない場合は相応の措置をとることができる

(ア)と(イ)はこれまでもG20声明などで出てきているものなので、新鮮味はありませんが、(ウ)について関税などの制裁につながる可能性があるため、世界経済や国際金融市場の不安要素になります。

とはいうものの、通商交渉の第2弾は今年の米大統領選挙の後との見方が多いので、しばらくは米中通商問題に対する市場参加者の注目度は低下するでしょう。

為替操作国の認定はルールに従って決定されるはずだが。。。

懸念されるのは、米国の為替操作国の認定・解除のやり方です。

冒頭に述べたように、為替操作国認定には以下のような3つの基準があります。

  • ① 顕著な対米貿易黒字:200億㌦超
  • ② 大幅な経常収支黒字:GDP比2%超
  • ③ 継続的で一方向の為替介入:1年間に6ヵ月以上の介入で、外貨の純取得額がGDP比2%超

これら3つの基準すべてに該当すると「為替操作国」に認定され、為替政策の是正が要求されます。それでも是正されなければ、その国でのプロジェクトへの海外民間投資公社(OPIC、政府系金融機関)の新規融資承認禁止や政府の調達契約対象からの排除などの制裁措置が課されますが、影響としては、「米国から通貨安を睨まれている」というアナウンスメント効果の方が大きいでしょう。

また、このうち2つに該当すると、「監視リスト」に入れられます。1月13日に公表された直近の為替報告書では、主要貿易相手20ヵ国の数値を図表1のようにまとめています。

(図1)主要貿易相手国の評価
(2020年1月の為替報告書、対象期間:2018年7月~2019年6月)

(図1)主要貿易相手国の評価(2020年1月の為替報告書、対象期間:2018年7月~2019年6月)

(注1)表の網掛け部分は基準に触れていることを示す

(注2)※のマイナスは自国通貨下落を防衛するための買い介入を示す

(出所)米財務省

中国は①の基準しか該当していません。この状況は2016年10月以降、継続していますが、対米貿易黒字が突出して大きいため、中国は監視対象とされてきました。

にもかかわらず、米中通商摩擦がエスカレートするなかで、昨年8月に「最近、中国は通貨を切り下げる具体的な措置を講じた」として、為替操作国に認定されました。その前日に中国人民銀行が「短期的な投機に対しては必要かつ的を絞った措置を講じる」との声明を出したことを引き合いにしています。その当時は人民元の下落を懸念する局面でしたので、操作国認定には首をひねります。

通商圧力の道具として次に為替操作国に狙われそうなのは。。。

中国同様、日本・韓国・ドイツが監視リストの常連です(図表2参照)。2019年に基準が引き下げられたこともあり、監視対象国は10ヵ国に拡大しています。

(図2)米国の為替操作監視リスト

(図2)米国の為替操作監視リスト

(注)2019年5月より、主要貿易相手国の範囲がそれまでの12ヵ国から20ヵ国前後へ拡大していたほか、基準の数値引き下げられている。

(出所)米財務省

大統領再選を目指し、通商政策での成果を求めて、トランプ政権のなりふり構わぬ圧力が監視対象国にかけられることが懸念されます。その対象は、ドイツがメンバーの欧州連合(EU)か、東南アジアの国々か。いずれにしても、世界経済にはマイナスですし、金融市場は昨年8月のような株安・円高で反応するでしょう。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

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