「新型コロナウィルスと
金融市場」

2020年2月26日

「新型コロナウィルスと金融市場」

1月下旬から連日、新型コロナウィルスの報道が続き、健康面では不安な気持ちを抱える一方で、金融市場はというと、ドル円レートは110円台を維持しており、株式市場は急落する場面もありますが、押し目買いの動きも見られます――。

2020年は波乱の幕開けでした。1月3日に、米国がイランの革命防衛隊の司令官を殺害したとのニュースが飛び込み、金融市場はリスク回避の典型的な動き「株安・円高・金利低下」で反応しました。しかし、米国とイランの対立がエスカレートしなかったことで、金融市場には楽観ムードがよみがえりました。

ところが、1月20日に、中国で新型コロナウィルスについて「人から人へ」の感染が確認されると、再びリスク回避の動きとなりました。しかし今回も、2月に入ると株式市場は落ち着きを取り戻し、ドル円レートも1月末の1ドル=108円台前半から上昇し一時110円台を回復しました。

新型コロナウィルスの感染拡大は世界経済にどのような影響を与えるのでしょうか。

株式・為替市場は景気刺激策を先取りか

日本は自然災害が多いですが、「自然災害で株価が急落した時には、復興需要を期待して反発する」というパターンが過去に見られました。もちろんこれは短期的な動きであり、長い目で見れば経済の実力に沿った方向へ回帰します。

今回の新型コロナウィルスの感染拡大も、当初はリスク回避の動きとなりましたが、中国人民銀行が金融緩和姿勢を前面に打ち出して市場に潤沢な資金を供給し、上海総合株価指数は春節休暇直前の水準まで戻りました。また、市場参加者の財政出動への期待も根強いものがあります。

中国だけではなく、米国でも利下げ観測が高まっています。図1の緑色の折れ線グラフは、FF金利先物が織り込む政策金利変更回数の推移です。1回の政策金利変更は0.25%として計算しています。プラスは利上げ回数、マイナスは利下げ回数を示します。なお、FF金利先物は、将来のFF金利の水準を予想して取引する市場です。

(図1)主要貿易相手国の評価
(2020年1月の為替報告書、対象期間:2018年7月~2019年6月)

(図1)主要貿易相手国の評価(2020年1月の為替報告書、対象期間:2018年7月~2019年6月)

(出所:Bloombergのデータより作成)

緑色の折れ線グラフを見ると、新型コロナウィルスの感染拡大懸念が高まった時点から利下げ期待が高まっています。直近の2月14日に-1.5辺りにあるので、今年はFedは1~2回の利下げをすると期待されていることがわかります。このような米利下げ期待も、株式市場を支援する材料となっていると思われます。ドル円レート(青い折れ線)も同様に円高の動きが限定され、1ドル=108~110円で推移しており、米利下げ観測があっても株高だと、円高方向には動きにくいようです。

ただし、ドル円レートと異なり、ユーロ円レート(赤い折れ線)がユーロ安・円高へ動いていることには注意が必要です。ユーロ圏ではドイツ経済の低迷が続いている中で、新型コロナウィルスが追い打ちをかけることが懸念されています(ドイツ政治の不透明要因もあります)。中国で景気対策が期待されていることは、ユーロには支援材料になっていないようです。

(その後、2月20日にクルーズ船客2名が新型ウイルス感染症で死亡したニュースが伝わると、日本への懸念から円が売られ、ドル円レートは112円台となりました。さらに、25日にはイタリア・韓国での感染拡大をうけて世界的に株価が急落するなど、金融市場に不安定な動きが見られるようになっています。)

出稼ぎ労働者の復帰が遅れ、春節明けの活動再開は低調

景気下振れに対しては、政府・中央銀行の支援をすぐに期待する金融市場ですが、死角はないのでしょうか。

図2の移動規模指数は、Baidu(中国の検索エンジン会社)がスマートフォンの地図アプリの位置情報のビッグデータから算出した、各地域の人の出入り規模を捉えたものです。経済が先行して発展している主要地域として、北京市・上海市・広東省・江蘇省・浙江省の移動規模指数を人口比率で加重平均しています。その地域から出た人の割合、入ってきた人の割合が、それぞれ指数化されており、春節を0時点として、今年と昨年の状況を比較しています。

(図2)主要地域の春節前後の移動規模指数
(北京市・上海市・広東省・江蘇省・浙江省の人口加重平均)

(図2)主要地域の春節前後の移動規模指数(北京市・上海市・広東省・江蘇省・浙江省の人口加重平均)

(出所:Baidu Map Eyeのデータより作成)

農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者は、今年も昨年と同様、春節前に職場のある地域を出て帰省しています。しかし、Uターン・ラッシュが今年は発生していません。政府の感染防止策を警戒してか、Uターンが大幅に出遅れています。

企業の操業再開のニュースは聞こえてくるものの、このように労働者の復帰が遅れると、稼働率はなかなか上向きません。実際に、2月17日(日本時間18日早朝)に米アップルが1~3月期の売り上げ目標を達成できないとの見通しを示したことで、グローバル・サプライ・チェーンの停滞への警戒感が高まりました。

これまでのところ、景気刺激策や金融緩和への期待で、株価下落は限定され、ドル円レートも110円前後で推移していますが、今後、中国企業の操業再開の遅れが経済指標や企業業績などの数字で認識されるようになると、金融市場にさらに一波乱あるかもしれません。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

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