人類の悲願であった長寿を、世界に先駆けてかなえた日本人の平均寿命は、今や100歳に近づいています。「長くなった老後」という未知の世界では、どのようなことが起きるのか、老いに伴うさまざまな事がらとどのようにつき合っていけばよいのか、一人ひとりが手探りでその答えを探していくことになるのでしょう。

国際長寿センター日本(ILC-Japan)は、Productive Agingを基本理念に、超高齢社会における新たな価値観の創造と、社会と個人の意識改革に向けた活動を、世界17カ国で行っています。高齢者が社会の半数近くをしめる時代に向けた広報啓発活動を行っている国際長寿センター日本の志藤 洋子事務局長に、私たちが生きるこの時代をデータで確認しながら、豊かな老いとのつきあい方について解説いただきました。

国際長寿センター日本(ILC-Japan)
事務局長
志藤 洋子 氏
志藤 洋子 氏

認知症とは

寿命が延び人生90年、100年時代になったのは素晴らしいことですが、加齢に伴ってさまざまな機能が低下し、それが障害となって暮らしが成り立ちにくくなることも起きてきます。

とりわけ認知症は、その不安が大きい病気です。

認知症とは、複数の認知機能の障害により「記憶」をはじめとして、「理解」や「判断」する能力が低下し、自分のいる場所や時間、季節や周囲の状況などが分からなくなり、生活障害(ある決まりをもった日常生活や社会生活上の支障)が発生してしまう病気です。

認知症とは

「認知機能障害」もの忘れ、自分の周囲の状況がわからない、理解力の低下、判断能力の低下。「ある社会の中で、日常生活、社会生活上の支障がある」生活障害の存在。

認知機能の障害は脳の変性によって起こるもので、さまざまな原因により発症しますが、残念ながら今のところその進行を止める手立てはありません。

認知症の種類と特徴

認知症の種類 原因 主な症状など
(1)脳の変性疾患
① アルツハイマー型 脳の神経細胞が変性。アミロイド・ベータと呼ばれる異常なタンパク質が蓄積
  • 記憶力の低下(もの忘れ)
  • 時間や場所、季節の感覚の障害
  • 空間認識の低下
  • 注意機能の低下など
② 前頭側頭型 脳の特に前頭葉と側頭葉の機能障害と萎縮。ピック病を含む。
  • 判断力や自制心の喪失により万引きなど軽犯罪を犯すことがある
  • 初期には記憶力は比較的維持
③ レビー小体型 レビー小体という特殊な物質が脳全体に出現
  • 小刻み歩行や体幹傾斜など、パーキンソン病による認知症とも考えられている
  • 幻視
(2)二次性認知症
① 脳血管性 生活習慣病(特に高血圧や糖尿病)による動脈硬化が基盤となり、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害に起因
  • 脳内病変の部位に対応する、さまざまな認知障害が出現
② 正常圧水頭症性 脳内を循環する髄液が過剰な状態となり、脳を圧迫
  • 外科的に髄液を排出する手術により改善

© 鈴木隆雄(桜美林大学老年学総合研究所所長/大学院教授)

トラブルは本人からのメッセージ

認知症最大の問題は、周囲とのコミュニケーションが取りにくくなることです。伝えられない、伝わらないことが原因でさまざまなトラブルが発生し、認知症という病気に対するネガティブな感情や、恐怖が増していきます。

しかし、これらの行動や心理症状(ものを盗られたと訴えたり、妄想がでたり、暴力をふるうなど)は、本人から周囲の人に向けた叫びにも似たメッセージである、と理解されるようになってきました。

例えば、風邪で熱が出たり頭痛がする時に、私たちはそれを自分の言葉で説明し、周りに適切な対応を依頼することができます。

しかし認知症の人は、自分の気持ちや状況を説明することができにくくなっています。気分の悪さからイライラし、それに加えて伝わらない苦しさや切なさも重なって、周りに対する暴力的な振る舞いに及ぶこともあるのです。

認知症の人を「二度童子(にどわらし)」と呼ぶ地域もあるようですが、言葉を理解できない赤ん坊に再び戻る、ということなのでしょう。しかし、言葉では表現できなくとも快・不快の感情はありますし、周りから疎まれたりバカにされたりしていることは感じ取ることができます。

本人の思いを受け止める

いちばん困惑し、混乱し、悩み苦しんでいるのは本人なのですから、そのことを理解した上での支援でなければならない、ということが強く言われるようになってきました。

  • 本人が不安にならないように、つながっている安心感を作る
  • 本人が自分の誇りや、自分らしさを取り戻せるようにする
  • 本人が表現することを諦めないように、とにかく話す

まず本人の思いや考えを受け止めること、そのために認知症の本人が組織的に集まって話し合い、自分の考えを表明するような取り組みも始まっています。

本人の声・思い

「私、認知症です」といえる社会に

2006年に国連で採択され、2014年に日本でも批准された障害者権利条約に関するさまざまな取り組みの中で、Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きで決めないで)という言葉が、広く使われるようになりました。

認知症に関しても、まさに同じ動きが起きています。

地域で共に支える

日本では2012年に認知症の国家戦略が定められ、その目標は「認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で、自分らしく暮らし続けることができる社会の実現」とされています。具体的な7つの活動目標を定め、本人の視点を重視しながら、地域での暮らしが成り立つことを目指しています。

認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)

  • 1
    認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進
  • 2
    認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供
  • 3
    若年性認知症施策の強化
  • 4
    認知症の人の介護者への支援
  • 5
    認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進
  • 6
    認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の推進
  • 7
    認知症の人やその家族の視点の重視

他国の国家戦略でも、「認知症になっても地域で暮らし続けること」を前提にした取り組みが重視されており、このような流れは世界で共通のものとなっています。

日本では2004年に「痴呆」から「認知症」へと名称が変わり、2005年には認知症サポーター構想がスタートしました。「認知症サポーター」は地域で認知症の人を支える役割を担う応援者として、一定の研修を受け認知症を理解したうえで、その役割を果たしています。一般市民はもちろん、交通や金融機関の職員、スーパーやコンビニの従業員、小学生向けの養成講座もあります。

2020年までに1,200万人の養成が目標とされ、現在は全国で約900万人がその資格を持ち、サポーターの証であるオレンジリングを身につけて地域でのサポートを行っています。

認知症発症の最大要因は老化ですから、寿命の延びに比例して増え続け、誰もが発症する可能性があることになります。

年齢別認知症出現率

年齢別認知症出現率のグラフ

自分の問題として考えたときに、むやみに怯えたり、医療に頼るだけでなく、認知症になっても安心して暮らせるように、社会でともに支えるという視点での新しいアプローチが始まっていることを、お伝えしておきたいと思います。

ページ最上部へ戻る