今や、5人に1人は65歳以上。本格的な高齢社会となった日本で、一人ひとりの健康維持は重要なテーマです。健康に長生きするために、毎日の「食」において気を付けることは何か?幸せな長寿につながる本当に大切な食習慣とは?健康長寿に貢献する食生活について、「老年学」の第一人者である柴田博先生に、お話をうかがいました。

健康と長寿のため、肉は食べたほうがよい

「健康のためには肉は食べない方がいい」などと言われることがありますが、これは大きな誤りです。肉には良質なたんぱく質が多く含まれ、その中には人間が体内でつくることのできない9種類の必須アミノ酸もあります。実際、適量の肉を食べることが長寿命につながることは、医学的な多くの研究の中で明らかになっています。

私自身、これまで1,900名を超える百寿者(100歳以上の高齢者)を調査・研究してきましたが、最初に携わった1972年から翌年にかけて行った調査では、当時全国に405名しかいない百寿者のうち105名を調べ、驚くべきことが分かりました。摂取カロリーに占めるたんぱく質の割合が一般よりもかなり大きく、特に、動物性たんぱく質が全たんぱく質の中で60%近くを占めていたのです。これは現在の日本人の平均値52~53%よりも高い数値です。反対に、調査対象となった方に菜食主義者は一人もいませんでした。

柴田 博 先生
人間総合科学大学保健医療学部 学部長/大学院教授。医学博士。『肉を食べる人は長生きする』(PHP研究所)など著書は多数。
柴田 博 先生

現代日本人のカロリー摂取量は少なすぎる

菜食主義というとヘルシーなイメージが強いですが、穀類と大豆中心の食生活だった20世紀初頭、日本人の平均寿命は40歳代前半にすぎませんでした。高度成長期の昭和40年代以降、それまで大幅に不足していた肉類・乳類の摂取量が増えるに伴って、日本人の死因一位だった脳血管疾患が減り始めています。これは、食生活が豊かになり、十分なエネルギーを得て血管そのものに栄養が供給されるようになったからであり、1985年には長寿世界一を達成しています。日本人が戦後、動物性食品を多く食べることで寿命を延ばしてきたのは紛れもない事実なのです。

しかし近年の「やせ」礼賛により状況は一転しています。2011年には一日あたりのカロリー摂取量は平均1,840キロカロリーとなり、飢餓状態といわれた終戦直後を下回る衝撃的な数値が出ました。「食生活の欧米化」「飽食の時代」などと言われることがありますが、摂取カロリーはアメリカより3割(約1,000キロカロリー)も下回っています。脂肪の摂取量を見ても、先進国より途上国の平均に近いのが現実です。

やせている人より小太りの人の方が長生き

2011年には、日本は女性の世界最長寿国の座を26年ぶりに香港に譲りました。男性は8位まで下落しています。長寿を大きく妨げているのが「菜食・粗食で長生きできる」「やせている方が健康的」という思い込みです。実際は、菜食や粗食による低栄養は余命を縮めますし、やせている人ほど長生きするというのは全くの誤解です。

低栄養が特に危ぶまれるのが過剰に「やせ」を求める若い女性で、次にその子ども世代である1~6歳児です。2008年からメタボ検診が義務化されてからは、中高年期でも状況が悪化しています。

私はこの「メタボ」には非常に懐疑的です。日本ではBM(I 肥満指数)において22を理想としていますが、この数値には医学的な根拠がありません。日本の成人男性の平均BMIが23.5であることを考えても、低すぎる数値です。むしろ欧米諸国では25~29、日本を含めた東アジアでは24~27の人が長寿であるというデータが一般的です。いわば「小太り」な人が最も長生きしているのです。

70歳代からでも食生活改善は遅くない

高齢者にとって、若い頃と同じように「しっかり食べる」食生活は長生きの基本です。必要摂取カロリーの目安は高齢者の方が低く設定されていますが、これは年齢とともにカロリーの必要摂取量が大幅に減っていくということではなく、今の高齢者と若者ではもともと体格が違うというのが理由です。必要摂取カロリーは、年齢よりも筋肉の量に拠るところが大きいのです。長寿のためには、動物性食品(肉、魚、卵、乳製品)もバランスよく取るよう心がけ、全カロリー摂取量に占めるたんぱく質の割合、および全たんぱく質に占める動物性たんぱく質の割合を落とさないようにした方がよいですね。

また、テレビなどで特定の食品を取り上げ、「これさえ食べれば健康になれる」などと思わせるような報道がありますが、こうした偏った情報を鵜呑みにするのは大変危険です。人間には全ての栄養素が欠かせず、バランスのよい食事こそが最も重要といえます。

「今さら食生活を変えても…」などと思うことはありません。70歳代以降の食生活の改善でも長寿命を実現できることは、私たちの研究でも明らかになっています。よく食べ、健康で幸せな長寿を目指したいものです。

人類は肉食により進化してきた

ここまでは、現代日本人は摂取カロリーが少なすぎ低栄養に陥っていること、やせている人よりむしろ小太りの人の方が長寿命であることなどをお話しました。菜食や粗食が健康に良いとされて、動物性たんぱく質の摂取量が著しく落ちているのは大いに懸念すべき点です。

人間は雑食動物である以上、肉食を避けるというのは明らかに誤った健康法です。そもそも人類の歴史を遡れば、人間は本質的にはより肉食動物に近いのです。人類の遠い祖先である猿人は約260万年前から肉食を始め、直接の祖先であるホモ・サピエンスは約13万~7万5千年前の間に魚介類もあわせて食べ始めました。穀物もこの頃から食べ始めていますが、農耕を始めたのはずっと後で、約1万2千年前、野菜は約1万年前になってからです。

こうした進化の過程を見ても、人間の身体をつくってきたのは動物性食品が中心だったことが分かります。現代人においても肉食は必要不可欠であり、特に動物性たんぱく質については、大豆などからとれる植物性たんぱく質よりも少し多めにとるのが理想的です。

日本人に不足する脂肪も長寿の必須要件

同じ動物性食品でも、肉か魚か、卵か牛乳か、または肉の種類によってそれぞれ個性があります。たとえばビタミンB1は豚肉に多く、脂肪の代謝を促すカルニチンは牛肉や羊肉に多く含まれます。また、たんぱく質だけであれば肉からだけでも十分摂取できますが、脂肪も適切にとるためには魚や魚介類、乳製品などが欠かせません。

日本人は一般的に脂肪もかなり不足していますが、脂肪を十分にとることは、低栄養を防ぎ長寿を実現するための必須要件のひとつです。このことは、長らく最長寿県だった沖縄の平均寿命が、脂肪摂取量の低下とともに短くなっていることにも表われています。かつては飛び抜けて多かった沖縄の脂肪摂取量は、今では全国平均を下回っており、死因の第一は慢性閉塞性肺疾患(COPD)となっています。これは「やせ」を代表する病気です。

バランス良く多品目を食べることが最も重要

最近では、牛乳を飲まない人や砂糖を必要以上に控える人も増えています。しかし牛乳には、たんぱく質やカルシウム、ビタミンが豊富に含まれており、血圧を下げたり、免疫力を向上させるなど大切な役割を果たします。現在は一日平均100ミリリットル程度しか飲まれていませんが、200ミリリットル以上を目安にしっかりと飲むことをおすすめします。また、健康やダイエットのためなどとして敬遠されがちな砂糖に含まれるブドウ糖は、脳の重要なエネルギー源です。適度な摂取が認知症やうつの予防となるほか、甘さを味わうことで幸福感が高まる点も見落とせません。

どのような食品も身体に良い・悪いなど決めつけず、さまざまな食品をバランスよく食べることが重要です。下の表は、毎日とりたい食品の摂取めやす量です。日本の現状を踏まえれば、これ以上「やせ」を求めるのは危険ですが、それでも自分はカロリー摂取過多だと思う人は、減らすのは主食のごはんにします。食欲がないときもおかずから食べ、食品数を減らさないようにしましょう。

主要食品の1人1日あたりの摂取めやす量

動物性食品 植物性食品
60 ~ 100g 豆腐 3分の1丁
60 ~ 100g 野菜 350g(うち緑黄色野菜を3分の2)
1個 キノコ 15 ~ 20g
牛乳 200ml (ヨーグルト、チーズも可) 海草 10 ~ 20g

油脂は10~15ml(大部分は植物性食品だが、バター、ラードなど動物性食品も含まれる)

表の出典:柴田 博 著『肉を食べる人は長生きする』(PHP研究所)

正しい食生活と社会貢献で幸せな長寿を

正しい食生活は、自分なりの幸福感を持ちながら社会の中でより良く生きる「ウェル・ビーイング(well being)」にもつながっています。私はウェル・ビーイングを満たす条件には、(1)長生き、(2)高い生活の質、(3)社会貢献の3つがあると考えています。(3)についてはボランティア活動など狭義の意味でとらえられがちですが、それだけではありません。身体の一部に障害があっても、社会や地域、身の周りの人のために自分ができることをする高齢者を、私は多く見てきました。寝たきりの方がケアをしてくれる人に感謝の気持ちを伝えるのも立派な社会貢献です。100歳を超えるような方は生きているだけで社会貢献といえます。彼らがいればこそ、人間の加齢を科学的に考える「老年学」が成り立ちますし、そうした方々とは話しているだけでどこか心が安らいだりします。そんな幸せな長寿のため、大切な「食」に偏見のない目を向けていただきたいと願います。

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