記憶力や判断力が著しく低下し、日常生活を営むのが難しくなる認知症は、多くの人が発症リスクを抱え、グローバルな課題になっています。この病気とどう向き合っていくべきか、特に家族が認知症になったとき、どのような対応が求められるか―浴風会ケアスクール校長・服部安子先生にお話を伺いました。

認知症の人の尊厳を守る接し方を知る

日本では生涯に4人に1人が患うとされている身近な病気―認知症について、発症後の対応が、症状の好転・悪化に大きく影響することを、コラム「認知症を正しく理解する」ではお話ししました。家族が認知症になるというのは誰にとってもショックなことで、心構えができていないと感情に引きずられて正しい対処ができません。

認知症の人に接する上で大切なのは、本人が、周囲から尊厳と敬意を持って扱われていると実感できることです。一般的に、認知症が疑われるような言動があったとき、家族は驚いて、理屈でその「まちがい」を説明したりしようとします。

そうすると本人は自分を否定されているように感じます。例えば本人が「家に置いていたお金をとられた」と言ったとき、「そんなわけがない」と頭ごなしに否定するのではなく、一緒に心配して探してあげるといった対応が必要になります。また、探していた財布を家族が先に見つけたときは、場所を置き換えて本人が自分で見つけられるようにし、「出てきて良かったね」など一緒に喜んであげるようにします。

認知症の人も、私たちと同様に快・不快といった感情があり、「この人は自分を大切にしている」もしくは「ないがしろにしている」ということを感じ取ります。ただ、認知機能が落ちてそれをうまく伝えられないため、攻撃的になるなどして周りを困惑させるのです。介護する家族が接し方のコツを学んでおくと、気持ちの余裕を持つことができます。

服部 安子 先生
社会福祉法人 浴風会 ケアスクール校長/福祉専門学校、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設等の立ち上げに長く携わる、新時代の認知症ケアの第一人者。
服部 安子 先生

認知症介護を家庭内だけで抱え込まない

認知症になった本人の心情を思いやることは大切ですが、一方で、介護する家族に「精一杯優しく」「忍耐強く」を求めるのには限界があります。介護する人の努力にかかわらず、期待とは全く違う反応が返ってくることが際限なく繰り返されるのが認知症介護です。「こんなに頑張っているのにどうして」という耐えきれない思いが、時には虐待を引き起こすこともあります。

日本では「親や配偶者の面倒は自分で見るのが当たり前」と考える傾向が強くあります。しかし、介護に入るまではそれぞれが自立した家族でも、介護状態になると関係性が一気に変わり、金銭面を含めたさまざまな現実的な問題が起きてきます。

遠距離に暮らす親が認知症になったからと、子どもの近くに呼び寄せて介護するのは、双方にとって一時「安心」を得るのですが、その後、急速に認知症が進むことがあります。親が毎日どのように過ごすのかという視点を欠いたために、もといた地域でのつながりを絶たれ、自室に引きこもる生活が始まると、身体状況は低下し、認知症の症状が急激に悪化する方もいます。介護を全て家庭内で完結させようとせず、適切に外の力、例えば介護・医療専門職の助けを借り、上手に双方にとっての介護の望ましい姿を模索していくことが肝要です。

「その人らしさ」を認めてくれる施設を探す

ケア施設を利用することを決めた場合、その施設(事業所・居場所)選びは非常に大切です。残念ながら、今も正しい認知症ケアができる施設は必ずしも多くないと思います。もし、適切なケアがなされずに、暴れたら縛る・投薬等といった対処療法の施設に任せてしまった場合、家族は切なくなり、「もっと自分で介護ができたのでは…」と自責や後悔の念に悩まされることになります。

前回もお話ししてきたように、認知症の人は尊厳を持った一人の人間として接すると、症状が穏やかになります。彼らが持っている力や「その人らしさ」(全生活史)をきちんと認め、「心の声に耳を傾けられる」コミュニケーションを重視したケアを行う施設を選んでください。良い環境に身を移したことで症状が落ち着き、それまで介護で疲れ切っていた家族を気遣えるほど余裕ができるようになることも少なくありません。

東京都選定歴史的建造物である「浴風会本館」。関東大震災の被災老人を援護する施設として、大正15年に建てられた。 浴風会本館の外観

苦労を分かち合う場を持つ

世間体などを気にするあまり、認知症の家族がいる事実を周囲に隠すというのはよくあることです。しかし、介護の渦中にいると「自分だけが苦しい思いをしている」という追い込まれた気持ちだけが強くなります。そうしたとき、苦労を分かち合い、情報・ノウハウを共有しながら励まし合う場として、地域にある認知症の家族会などに参加するのも一つの方法です。私は東京・杉並区で長年家族会を開いていますが、地縁が薄い都会では特にこうした場は貴重であり、同じ苦労を抱える人同士が心を休める止まり木となっています。

介護はいつか終わるものです。100人いたら100人の介護模様があります。要介護度や他人の介護等と決して比べないでください。一人ひとりの価値観や文化、家族史、健康状態や経済状況等に照らし合わせ、自分と相手の立ち位置を見定め、関わり方を考えなければなりません。双方にとって、トータルな人生を考えた本当の意味での良い介護ができれば、後から振り返った時、「あの介護は貴重な経験となった」と思うことができるはずです。

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